55号車 韓国1周の旅・13終 【京春線・青春の旅 帰国】

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    最終日。帰国便は夕刻のフライト。空港に向かうまでには時間があるので何処かに行こうと思い立つ。ソウル周辺で乗りに行く事が出来る路線はいくつもの選択肢がある。どこに行こうか思案した結果、昨日清涼里(チョンニャンニ)駅で見かけた京春(キョンチュン)線の青春(チョンチュン)号に乗りに行くことにした。


    宿を出て鍾路三街駅へ裏通りを行く。もう既に何度も歩いた道だが、夜の賑やかさとは打って変わって人気もなくひっそりとしている。


     


    店舗の脇に据えられた炭火を熾すための炉。夜に大通りで営業していた屋台は路地奥の広場に集められ収容されていた。車が行き交う表通りよりも、人々の生活が息づく裏通りは歩いているだけで楽しい。

     


    オートバイを改造したタイプの3輪自動車は韓国では健在。海を越えた日本ではほとんど存在しなくなってしまっている、こうした機械の在り方でも日本とアジアの違いが見えてくる。日本では規制の強化で消えたのではなく、ニーズや交通環境の変化、経済成長によって淘汰されていったのだろう。雨の日に濡れたくない、コーナリング時の安定性といった理由から4輪の軽トラなどにシフトしてきたのだと思う。いずれアジアの国々でも経済の成長に伴って同じような状況になるものと思うので、行った先々で見かけた珍車は撮影することにしている。


    地下鉄の駅に降りると、そこはかとなくドラ臭いキャラクターを発見。他の色使いであればドラだと連想しないのだろうが、どうしてこの色使いになってしまったのだろうか。その辺りにドラの人気の秘密や魅力があるのかもしれない。




     




     

    昨日に引き続き再び清涼里(チョンニャンニ)駅へ。コンコースは2階にあり広々としている。ペデストリアンデッキからは駅構内の龍山方を眺める事ができ、引上げ線で待機中の列車を見る事が出来る。このデッキで一服しているとオバちゃんがニコニコしながら寄ってきた。韓国語で話しかけられるも無論理解できるはずはないのだが、結果として「煙草を1本くれ」という事だった。差し出すと「向こうにいる友達の分も欲しい」と、駅舎にもたれて座るオバちゃんを指さす。都合2本を差し上げると礼を言ってニコニコしながら去って行った。それを横で見ていたOL風の女性が舌打ちをしていた。見えない格差や差別があるのだろう。が、一介の旅行者にすぎない自分は、これも何かの縁、旅の思い出として自分の身に塁が及ばない限りは流れにまかせて楽しんでいるのである。

    券売機で春川(チュンチョン)行きの切符を購入。タッチパネル式の券売機で乗車したい車両を指定できる。京春線は2010年に複線電化され、最近になって中間に2両の2階建車両が組み込まれた「ITXー青春」号という急行列車が走りはじめたとのことなので、その2階席を取った。
    改札口に向かうと自動改札機が並んでいる。が、自動改札は地下鉄線網用のもので、列車線として運用されるITXは信用乗車制を採っているので、有人改札から構内に入る。


     








     

    出来て間もないと思われるホームには転落防止柵があり、ホーム長も編成長いっぱいなので先頭車の写真を撮るのも一苦労。368000系は未だピカピカだ。2階建車両はスペースの活用があまりうまくないと感じる造りで、平屋部分は収納座席の付いた開放スペースになっていた。韓国内初の2階建て車両ではないかと思われる。2015年にはセマウル号用のディーゼル機関車PP車両の老朽化に伴い、セマウル号の廃止がアナウンスされている。後継には電車のヌリロ号型を充当していくとのことだが、この2階建て車両を1等車としてアコモデーションを変えて組み込んで運用すれば、風光明媚な路線では受けると思うのだが如何だろうか。

    乗り込んだのは「ITX−青春」2073列車。清涼里(チョンニャンニ)8:45発、春川(チュンチョン)9:48着。85.3キロを約1時間で結ぶ列車だ。表定速度の計算がしやすく、なかなかの俊足列車だとすぐに解る。

    清涼里を出ると忘憂(マンウ)までは中央線を走る。京春線の普通列車は忘憂の一つ清涼里寄りの上鳳(サンボン)発着となっている。忘憂から左に折れて京春に入る。複線電化前の京春線は、京元線の城北から分岐していたので、大胆な路線変更がなされているのがわかる。というよりも全線にわたって新線に切り替えられているといった方が正しい。古い路線図をたどると全く異なっているし、高架線とトンネルの連続で地べたを走る区間はわずかだ。

     




     

    退屈な車窓をぼんやり眺めつつ廃線となった旧線を目で追ったりしていると、加平(カピョン)駅付近から北漢江に沿って走り出す。この景色を楽しむ為に2階建車両を投入したのだなとわかる。平屋だと高架線の壁が眺望を妨げるので、2階席を選択して正解だった。
     






     

    北漢江から離れしばらくすると終点の春川(チュンチョン)駅に到着。駅の裏手は自動車教習所という既視感のある駅だ。この春川はドラマ「冬のソナタ」のゆかりの地だそうで、ドラマを見たこともない自分にはチンプンカンプンなのだが、おかげで沿線を含めて観光地として脚光を浴び、こうして新線切り替えまでとなったのであれば鉄道にとっては良かったのではないかとも思う。
     

    駅舎の写真を撮ったら乗ってきた列車で折り返す。折り返し列車は龍山(ヨンサン)行なので、清涼里の先の中央線の未乗区間をこの列車でクリアする事にした。
     






     

    隣のホームには普通列車の361000系が停車していた。この列車は先述したとおり京春線内のみの運用で上鳳止まり。首都電鉄線として地下鉄網に組み込まれているので清涼里や龍山には足を延ばさない。
     






     

    折り返しは「ITX−青春」2014列車として10:10春川発。廃線と化した旧線の路盤の観察に夢中。基本的に廃線が好きなので仕方がない。風情のある旧線時代に乗りに来たかったと悔しくて仕方がない。今の新線は新幹線にでも乗っているようで、本当に退屈なのだ。そうこうしているうちに列車は清涼里に到着。
     

    清涼里を出ると漢江に沿った京元線の線路を中央電鉄線の通勤型電車の合間を縫って進む。2回前に記したが、この区間の線路名と列車の運用がややこしいのでこうした表現になる。
     


    京元線から龍山(ヨンサン)を経ずに京釜線へ連絡するデルタ線の1辺が左手に見えると、まもなく終点の龍山だ。線路に囲まれたデルタ地帯にも民家が建ち、屋根の上に唐辛子が干してある。都会のド真ん中なのにほのぼのとした風景。キムチという食文化が人の生活にしっかりと根付いている証拠だ。
     


     


    列車は定刻に龍山に到着。地下鉄線で隣のソウル駅に移動し、地下から発車する空港鉄道線の特急AREXに乗り込む。
     



    どこかの国のN’EXよろしく車内はガラガラ。窓ガラスが色付きなので車窓は変な色になってしまい面白くない。とにかく島の間を橋を渡って進み、周りは見事な干潟だということはわかった。色が変だけど。
     



    空港駅は開放的な空間で、空港建設の際にしっかりと組み込まれていた事がわかるまとまったデザイン。
     




     

    チェックインを済ませ、出国手続きをする前に昼食を摂る。免税エリアの食事はどこの空港(日本は除く)でも高くつくので、空港内の食堂を探す。が、見つけた安そうなクーポン食堂はハングル表記のみで、安いのだろうに敷居が高すぎて入れず、他言語の併記のある食堂で昼食とした。
     






     

    空港内で宮廷衣装を召した皆さんの仮装行列を見たりしているうちにフライトの時刻。
    こうして延べ2038.2キロ(地下鉄線の詳細を除く)に及ぶも、当初の予定より大幅にショートしてしまった韓国1周の旅を終えました。

    文中でも述べましたが、KTX網の延伸によって新線への切り替え工事が進んでいます。昔ながらの路線に乗っておきたい方は早めに訪れたほうがよいかと思います。またこれに伴って列車の運用も変わってくるでしょうから、気になる列車は早めに乗っておかれた方が無難と思われます。

    この韓国の旅では食事に悩まされました。列車での移動ばかりなのでコンビニや駅の売店で食料を買い込んで乗るのですが、当初私は無難であろうという理由からパンを買い込んでいました。食パンにピーナツバターを挟んだサンドパンを買っていたのですが、この食パンがとにかく旨くない。どうやったらこんなにまずく出来るのかというパンだったのです。そこで現地の皆さんが何を買っているのかと注目したのです。すると皆さんは売店などで20センチほどの棒状の何かを買っているのです。中の見えないフィルムに包まれたそれを買ってみると、はたしてキムパッでした。いわゆる韓国海苔巻です。これがすこぶる旨い。どうして今までこれに気付かなかったのかと後悔したのが最終日の京春線の車内。次回訪れる際にはキムパッばかり食べることになるでしょう。

    台風に翻弄されてショートカットを余儀なくされた旅でした。それでもまだ未乗区間は残っています。東京からは沖縄よりも早く行ける隣国。いずれ再び訪れたいと思います。



    次回からは、2013年7月のベトナムというストックがあるのですが、2013年12月に訪れたミャンマーの顛末記をお届けします。

     


    54号車 韓国1周の旅・12 【京元線・38度線の北へ】

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      東豆川(トンドゥチョン)駅15時50分発のトングン2769列車で北に向かう。次の逍遥山(ソヨサン)駅までは地下鉄線が乗り入れているので複線。架線の下を気動車が進む。

      逍遥山駅は対向式ホームの2面2線。新炭里(シンタンリ)に向かう気動車は進行左側の高さの低い列車ホームへ入る。進行右側には地下鉄用の高いホームが見える。



      逍遥山駅を出ると単線となり、次第に長閑な景色の中を走るようになる。



      1駅進んで漢灘江を渡ると、河岸の築堤上にある漢灘江(ハンタンガン)駅。この川を渡る手前に南北分断のめやすとされる北緯38度線がある。列車はKORAIL唯一の北緯38度線以北へ進む線路を北上していく。



      山間の平野部を進み、始発駅から26分、唯一の交換駅の漣川(ヨンチョン)駅に着く。時刻表を見ると1時間に1本の完全なパターンダイヤで、全ての列車がこの漣川駅で交換となっている。





      漣川駅の構内にはSL時代を偲ばせる給水塔が残っていた。





      漣川駅から20分、山間が狭くなり、線路が山裾を走り出すようになった頃、終点の新炭里(シンタンリ)駅に到着。









      何も無い田舎の駅だ。駅前の看板を見ると、ここから北朝鮮との非武装中立地帯を巡るツアーがあるようだ。ツアーに参加する気は無いけれども、この先の線路がどうなっているのかは非常に気になる。少し歩いてみようかと思うも、夏の盛りにこれ以上汗みずくになるのも嫌なので、駅前の商店で飲み物を買って涼んで折り返しの発車を待つことにする。



      構内には京元(キョンウォン)線の状況を示す看板があった。新炭里の先に鉄道中断点があり、かつて金剛山電気鉄道が分岐していた鉄原駅、その先に休戦線がある事を示している。



      ホームの北側、この先線路が分断されている方向を望むと何やら工事が行われていた。訪れた時は知る由も無かったがこれは延伸工事だったようで、現在は新炭里の5.6キロ北に「白馬高地」という駅が新設され、現在は京元線の列車の半数が新炭里止まり、半数が白馬高地まで運転されているようだ。



      したがって、この駅名板も今や過去のもの。



      新炭里駅は1面2線。左手の駅本屋側の線は機回し・貨物扱い用の側線の模様。北側にかつての貨物用らしき草生したホーム跡があった。





      24分間の滞在で、折り返しでトングン2774列車となった列車に乗り込んでソウルに戻る。



      盲腸線に乗りに着ているのだから致し方ないことなのだが、徒労を感じつつも来た道を引き返す。反対側の景色を楽しみながら帰るつもりが、睡魔と格闘しながら逍遥山駅へ。



      逍遥山駅の列車用の低いホームから、終点の次駅、東豆川に向けて出て行くトングン列車を見送り駅の外へ。



      近代的な駅舎。しかし駅舎の左手にはしっかりと食堂売店が入っている。



      右手に写りこんでいる人が身体を伸ばしている事はさて置き、この売店でも茹でたモチキビを売っていたので購入。こんなに素敵な食べ物が、どうして日本じゃ売られていないのか不思議でならない。もしも会社をクビになったらモチキビを売る会社を設立したいくらいだ。そのときはどなたか資本の提供をお願いします。



      高いホームから発車する地下鉄に乗って、まっすぐ鍾路三街(チョンノサムガ)駅へ。初日に泊まったセファホステルで、最終日にも泊まりたいと申し出たところ満室との返事。近所の宿を紹介してあげるから、当日いらっしゃいと約束していたので、セファホステルに向かう。そうして紹介された「バナナバックパッカーズ」という宿に部屋を取った。





      うむ。バスタブは無いが出来たばかりの宿のようで綺麗だ。黒い虫が走っていったのは窓が開いていたからで、彼は迷い込んだだけだ。



      いよいよ明日は帰国の途につかねばならない。今宵は韓国最後の夜。ひとつ豪勢に、とはならず初日に行った焼肉店で今度は牛肉を。結論は、韓国では焼肉は豚に軍配が挙がるようだ。という事だ。


      さて次回は帰国です。でも離陸までに時間があるので、青春を堪能する事にしました。


      53号車 韓国1周の旅・11 【京元線・理想的な運転台】

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        京元(キョンウォン)線は、ソウルの旧称である京城と、北朝鮮の元山(ウォンサン)を結ぶ事から、日本の路線名の付け方よろしく「京元線」を名乗っている。
        かつては元山まで通じていたが、現在は北緯38度線の先の新炭里(シンタンリ)駅まで。軍事境界線を越えた向こう、北朝鮮内では平康駅から京元線の以北の区間が走っているようだが、実際に走っているかどうかは確認する術が無い。

        歴史により路線が分断された京元線は、列車の運用上も分断されている。

        京元線はソウルの隣の龍山(ヨンサン)駅を起点とし、龍山駅から南に向けて発車すると左に大きく曲がり、漢江(ハンガン)に沿ってUターンするように北に進路をとる。そうして清涼里(チョンニャンニ)駅に至るのだが、現在この区間を走る列車は中央線方面の列車、または近郊区間の緩行電車の中央電鉄線で、新炭里方面へ直通する旅客列車は存在しない。
        また、清涼里〜逍遥山(ソヨサン)間は地下鉄1号線の一部として運用されている。最北部は地下鉄1号線の終点、逍遥山の先からが非電化単線で、一つ手前の東豆川(トンドゥチョン)から新炭里までが気動車で運用されている。

        江陵(カンヌン)からムグンファ号で清涼里の地上駅に到着するも、先述の理由から京元線の北部方面に行く為には地上駅舎を西側に出て、駅前の地下駅から発着する地下鉄1号線に乗り換える。

        韓国に着いた初日・2日目に乗った電車の北部区間になる。清涼里駅を出るとすぐに地上に顔を出し、地上駅からきた中央線と並んで回基(フェギ)駅へ。ここから左手に分かれて進路を北にとる。住宅密集地の中を走るので日本の首都圏と同じような景色が続く。



        郊外に出ると高層住宅が立ち並び、沿線はソウルのベッドタウンであることがわかる。そんな時、ある駅から乗り込んできた中年の男性が、おもむろに口上をうたいあげ、手元のカバンから歯磨き粉を取り出して掲げ、車内を歩き始めた。韓国の地下鉄の名物といわれている車内の物売り屋さんだったのだ。この後もベルト売りなど日常雑貨の小物を売る人、はたまた宗教の勧誘らしき人などがやってきては隣の車両に消えていった。

        こうした物売りが認められているのか否かは解らないが、KORAILの列車内には現れず、ソウルの地下鉄、思い起こせば釜山の地下鉄にも居たところを見ると、地下鉄に限っては許されているのではないだろうか。街中での引き売りが増え始めた昨今。日本でもこうした商売を認めれば、雇用や消費の拡大に少しはつながるのではないかと思ったりした。



        しばらく行くと右手の窓外に山が迫ってきた。さして高い山のようには見えないが、岩山のようで所々に岩が露出し、高い木が見当たらないように感じる。しかしながら立派な山容で見ほれてしまい、調べてみると水落山(スラクサン)という山のようで、北漢山、道峰山と合わせて「ソウル三山」と呼ばれているとの由。



        水落山が見える道峰山(トボンサン)駅で地下鉄7号線と離合。道峰山があるのは反対側の車窓左手。水落山の登山口となる水落山駅は、地下鉄7号線で1駅戻ったところにある。



        議政府(ウィジョンブ)駅を出ると、左手にソウル郊外線が分岐していく。
        分岐していくけれども現在は運転休止中。郊外線なれどあまりにも郊外すぎる田舎路線で、利用客が少なすぎて休止しているとの事。いずれ地下鉄線網に組み込まれるという噂もあるので、復活に期待したい。

        そうこうするうちに東豆川(トンドゥチョン)駅に到着。地下鉄電車を降りて、隣のホームに停まっている気動車に乗り換える。





        KORAIL内で、いわゆる普通列車である「トングン」列車用の9501系気動車。随分前に触れたが、KORAILでは普通列車が殆ど走っておらず、「トングン」列車に乗れる場所は僅か。トングンに充当される気動車は、この9501系のみで、一部は改造されて「ムグンファ」号用に転じている車両もあるとの事だが、セマウル号用の気動車は厳密には前後にディーゼル機関車を配したプッシュプル編成なので、9501系群が唯一の気動車編成の列車になる。



        車内は片開き2ドア配置のセミクロスシート。クロスシート部分は転換クロス。



        運転席の背面ガラスは黒く塗りつぶされていた。何ゆえに塗りつぶしているのだろうか。マニア諸氏からすれば前面展望が見えないとお嘆きになるだろうが、安全面から施した策だと信じたい。

        個人的な意見だが、乗務員、特に運転士からすればコレほど運転に集中できる環境は無いのだ。むしろ背面はガラスなどで仕切らずに全面壁であるのが理想である。
        運転士気分を味わえるので子供たちには人気の場所だが、大きなお友達が来たときには、運転への集中を阻害される事がままある。純粋に全面展望を楽しんでいただいているならば結構なのだが、運転士の一挙手一投足をチェックするタイプの人が居る。背後から半ば「監視」を受けながら作業をする事にどれだけのストレスを感じるか、集中力を欠くか、皆さんも何かしらの形で経験した事があると思う。
        場合によっては写真を撮ったり、ビデオを回している人もいる。全面展望を撮っているなら気にはならないが、乗務員込みで撮影されるとストレスは倍増する。撮影されても昔は大してストレスは感じなかったが、昨今は簡単にウェブ上にアップされてしまうから気が気でない。

        撮影されるこちらも生身の人間だ。仕事中に鼻の先や背中が痒くなったり、あくびが出たりする。それらを我慢するよりも、僅かの間で済むものならば対処したほうが仕事に集中できるという事は解っていただけると思う。

        しかし、その一瞬だけを切り取って「怠慢だ」として、ウェブ上で公開処刑をするような人が存在する。

        それが怖くて我慢をして安全が蔑ろになってしまっては本末転倒だ。だから意を決して仕事に臨まなければならない。仕事だと割り切らなければならない。そうしてストレスは積み重なる。

        YouTubeなどを検索すると悪意が感じられる投稿が散見される。理想の運転士像と違うからと晒しあげるのではなく、理想の運転士像を自身で具現化するために、その情熱を費やして欲しい。

        話は大幅に脱線してしまいましたが、私が日本の鉄道に興味を失い、アジアの列車ばかり乗るようになったのも、鉄道で仕事をする人々が、みんな笑顔で朗らかに、活き活きと仕事をしている姿に数多く触れたからかも知れません。
        定時で到着すれば奇跡だと思い、遅れても無事に到着したじゃないかと笑い飛ばす。ゆったりと流れる時間とゆったりと働く人々。今を生きるとは本来はこういう事じゃないのかと。
        世界一と言われる日本の鉄道。しかしそこでの働きがいは、果たして世界一なのか最近疑問を感じているのです。

        鉄道ファンが増える事に意義は唱えませんが、罵声大会のニュースなどを見るにつけ、本来はもっと紳士的な趣味だったはずなのに。と悲しくなったりしています。

        理想の運転台で運転に集中している運転士に身を委ねられる安心感に浸りながら、京元線の北端に向かいました。

        52号車 韓国1周の旅・10 【太白線〜再びソウル】

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          今回の記事がアップされている時刻には、先月に引き続きまたしても台湾にいる予定です。我ながらどうかしていると思いますが、サトウキビ列車を見たりしてニコニコしている事でしょう。

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          ぼんやりと車窓を眺めていると眠くなってしまう。これは致しかたないことだ。なぜならば退屈だからだ。



          車窓が退屈なのではない。「1度乗った路線を引き返している」という意識が無意識下にあるので、根詰めて見なくても良いではないかという無意識の意識が働いているので怠惰になり退屈なのだ。
          KORAILが標準軌で、客車列車だというのもよろしくない。安定しており揺れが少なく、客車ゆえに走行音も静かだ。「安心して寝てよろしい」という条件が整っている。

          そうこうしているうちにも列車はしっかりと走り、道渓(トゲ)駅に到着。



          峠の入口の駅が道渓(トゲ)という韻の駅名だということは、偶然なのかしらと思いつつも、昨日も通った新線のループトンネルに入る。出来たばかりの16.2キロにも及ぶ最長のソラントンネル内は勿論熟睡。暗くなれば眠るのは人類が誕生して以来の道理なので致し方ない。



          起きると列車は太白(テベク)線に入り、デルタ線の一角をなす休止駅、文曲(ムンゴッ)駅に入っていた。

          この先は更に急峻な山岳地帯に入る。是非とも見ておきたい。太白(テベク)駅を出ると更に高度を稼いで行く。





          そして標高852mの最高地点、杻田(チョンジュン)駅を通過。現在は休止駅なので旅客扱いは無い。この先でソラントンネルが出来る以前まで最長トンネルだった4.5キロの浄岩(チョンアム)トンネルに入るのだが、どうにも寝心地の良い車両で困りものだ。

          ミドゥンサン駅の太白側で分岐する旌全(チョンソン)線の線路が、ミドゥンサン駅の先で川の対岸に現れ、アウラジ駅を目指して山間に消えていったのも、夢うつつの状態ながら覚えている。





          目を覚ますと山肌の随分と高いところを張り付くように列車は走っていた。山の稜線が見えるような位置を、線路を左右に振りながら勾配を稼いで進んでいく。山肌にはキャベツなどの畑が広がり、こんなに急な斜面を耕作するのは大変だろうな、高原野菜はこうした場所で作られるのだなと感心していると、サミットを迎えたようで列車は下り始めた。まるで登山鉄道のような状況で、30.3‰という最高勾配区間だというのが実感できる。

          左手に見える谷は深く、対岸の谷底には咸白線が見えた。鳥洞(チョドン)信号所〜禮美(イェミ)駅間を太白線と平行して走る、本線経由より3キロ長い別線区間で、途中に石炭積み出し駅の咸白駅がある。貨物駅なので駅の記載は無い。旅客列車が咸白線を経由する事があるのかは時刻表上からは解らないが、列車の行違いの為に複線区間と見なして使われているのではないかと思う。

          とりあえず見ておきたい場所で起きられた事は満足だ。



          列車は次第に高度を下げて禮美駅で別線と合流、2つ先の休止駅の蓮下(ヨナ)で、1日2往復しかない旌全線に入るアウラジ行のムグンファ号と交換した。





          堤川(チェチョン)駅からは昨日栄州まで北上してきた中央(チュンアン)線に入る。時刻は正午前。そういえばこの列車には食堂車がついている。アテンダントが弁当らしきを客席にデリバリーしているので、弁当が買えるかもしれないと行ってみた。







          そういえばKORAILでは食堂車は廃止されていたのだった。つながれていたのはスナックカーで、売店コーナーを真ん中に、ゲーム機やネット用PCなどが並ぶスペースと、喫茶用のカウンターに分かれていた。

          先ほどデリバリーしていた弁当は無いとの事で、レンジアップのレトルト弁当を買ってきた。「とても辛いけど大丈夫か?」と言われたが、これしかないのだから仕方が無い。40000ウォン。そしてとんでもなく辛かった。



          辛さで吹き出た滂沱の汗を拭いていると、危急を知らせる汽笛と共に非常ブレーキがかかった。

          もしや、やったのか?
          南無三っ!

          と思って事態の推移に注意していると、停車する前にブレーキが緩んだので危機は脱した事が解った。



          窓外を確認していると、路盤のある築堤から畑の中の道に降りていく人が見えた。先ほどの一連の事態は、あの人が線路を横断していた事が原因のようだ。旅先の異国で人身事故に巻き込まれたくは無い。仮に巻き込まれたとして、言葉が出来ないが故に手伝いに行けないもどかしさがある。
          乗客として人身事故の当該列車に乗っていた事は未だ無いので、このまま生涯遭遇しない事を願うばかりだ。



          危機を脱してまもなく原州(ウォンジュ)駅に到着。到着の案内放送が 「 Won't you 」に聞こえて面白かったのは気のせいだ。

          腹もくちて、危機を回避した安心感が招くもの、そう眠気だ。

          朦朧としたまま窓外を眺めているうちに、気付けば列車はソウル近郊に入っていた。近郊電車に混ざって走り始めてまもなく、ソウルの北の玄関口、終点の清涼里(チョンニャンニ)駅に到着。2分ほど遅れて13:53だった。





          台風の影響で、当初の予定からは大幅な変更を余儀なくされたが、無事に韓国1周を終えてソウルに再び帰ってきた。
          しかし時刻は14時。日没までには時間がある。電車バカは観光などしない。そこに未乗の線路があれば、そちらに乗ることが先決だ。

          ということで、京元(キョンウォン)線に乗って、営業線としては最北端の新炭里(シンタンリ)駅に向かうことにした。




          51号車 韓国1周の旅・9 【江陵の名産】

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            2012年8月31日。
            朝を迎えた江陵(カンヌン)は、台風は去ったものの名残があるのか曇天模様。台風一過の様相ではないのが残念。





            今日は江陵を8時ちょうどに発つ、清涼里(チョンニャンニ)行のムグンファ号1636列車で、ソウルに向かう。駅に着くのが少し早すぎたようで、ホームへと通じるドアには閂が掛かっていた。








            そのドアの右手にあるコンビニエンスストアで、朝食用の食べ物を買い込む。精算の際に自分が日本人と解かるとレジのマダムが驚いていた。どうやら江陵では日本人が訪れる事は本当に珍しいようだ。



            ホームへのドアが開くまでと、駅舎の外で一服点けていると、先ほどのコンビニのマダムがどこかに出かけて行き、しばらくすると小走りで戻ってきた。

            そして自分のところにやってきてビニール袋を差し出し、持っていきなさいとの事。中には葡萄が入っていて、江陵の名産だとの由。

            コンビニで買い物をしただけの言葉の通じない男に、突然のプレゼント。

            確かに子どもとマダムにだけはモテると薄々気付いていたけれども、残念ながら子どもとマダムにしかモテないとは気付いていたけれども、昨日から一貫して江陵という街の持つ不思議なホスピタリティに当惑していたけれども、ここで決定打が打たれた気分だ。



            何か返礼をしたい。
            しかし何も持ってはいない。いや免税タバコだけはある。当人は吸わないので要らないと言うけれども、それではこちらの気持ちが収まらない。果たして間違いを犯しているのではないかと思いながらも、日本でしか売っていないタバコだから、旦那さんか家族の誰か吸う人にあげてくれと、無理やり受け取ってもらった。

            ありがとうマダム!











            発車の15分前にホームへのドアが開き、1番線に停車中の列車へ。機関車と6両の客車、1両のカフェ車で構成された8両編成。乗り込むのは機関車の次位の1号車だ。客車の構成はデコボコなれど、1号車はセマウル号用の車両。シートが豪勢で得した気分。





            構内をチェックしていると戦車を積んだ貨車が留置されていた。江陵は日本海側の最北端の駅。ここから隣国との国境までは随分と距離はあるけれども、特殊な緊張感が存在している事を感じた。



            列車は江陵を定刻に発車。この街には、再びゆっくりと訪れてみたい。
            海に背を向けるようにして発車した列車は、すぐに左に進路を変えて街を横切り、江陵南大川を渡ると更に左に折れて海岸線を目指して進んでいく。



            休止中の安仁(アニン)駅を過ぎた先で海岸線に出た。昨日通った時は山側の席に座っていたのでに気付かなかったが、海岸線には鉄条網が張り巡らされ、哨戒用の番小屋が所々に建っている。せっかくの花崗岩質の明るい色の砂浜なのに残念に思う。





            海岸線に出てしばらくすると、正東津(チョンドンジン)駅に到着。世界一海岸に近い駅としてギネスブックに載っている駅で、海側のホームからは砂浜に直接出ることが出来るそうだ。





            今日は8月31日。夏の終わりとはいえ、台風の影響さえなければ明るい海岸線、白い砂浜と青い海のコントラストが楽しめただろうに。正東津のポップな色合いの駅舎も、曇天の下では精彩を欠いていた。



            列車は昨日乗ってきた嶺東線を南に戻る。「海列車」しか走らない三陟(サムチョク)線の分岐駅の東海(トンヘ)は大きな港町で、鳥取県の境港市からロシアのウラジオストクを結ぶフェリーの寄港地で、もちろん東海でも乗り降りできる。いずれこのフェリーと、下関〜釜山間の関釜フェリーを組み合わせて、飛行機を使わずに韓国に来てみたいと考えている。



            左手に進む三陟線と分かれて、列車は峠に向けて山間を進むのだけれど、この先は昼寝を繰り返してしまうのだった。



            50号車 韓国1周の旅・8 【江陵の…】

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              初めてのミャンマーからは無事に帰ってまいりました。しかし予定通りに事は進まず…。いずれ書くのでお待ち下さい。

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              無事に江陵(カンヌン)駅に着いた。どうだい外を見てみろよ。土砂降りだ。

              土砂降りだ。
              ああ土砂降りだ。
              土砂降りだ。

              台風が居るね。随分と近くにね。



              台風15号に押されて台湾付近で停滞していた台風14号が、黄海を北上し、朝鮮半島に上陸してこちらに近づいてきているようだ。
              今回の行程は台風とのせめぎあいの様相を呈してきた。まるで天気運の無い、タイミングの悪い人のようだが、違うと言っておきたい。

              このブログを読んでくださっている方の中には薄々感づいていらっしゃる方もいるかもしれないが、自分は鉄道が好きだ。どれくらい好きかというと、週に5日は鉄道に乗っているくらいだ。通勤で鉄道を利用している人ならば、週に5日は当たり前の話だが、通勤は原付だ。
              ワークとしての鉄道だ。飯のタネなので嫌でも運転せばならない。台風だろうと大雪だろうとだ。
              がしかし、日頃の行いの良さをお天道様が見ていてくれているようで、台風や大雪の時は、概ね仕事を終えているか休みなのだ。然るに気象を起因とする長時間停車やトラブルに巻き込まれた事がほとんど無い。

              何が言いたいかというと、悪天候時には自分は休みなのだ。

              しかるに休暇を利用して旅行に来ているのだから、悪天候に見舞われるのは、むしろ必然なのだ。ちなみに旅行で悪天候に見舞われたのは、現在のところ後にも先にも今回だけである。

              折りたたみ傘を持ってきて助かった!

              横殴りの大雨の中、ガイドブックを頼りに向かった宿の駐車場の入口には、目隠しのビラビラが垂れ下がっている。この「駐車場のビラビラ」文化圏はどのあたりまでなのか調査の余地があるぞ。

              ビラビラがある事から多くの日本人が類推できるように、建物はキラキラ、ビカビカで、主要客層はギラギラでムラムラだ。韓国には安宿とラブホテルの間に隔てが無いとは聞いていたが、これは一人で入るには敷居が高すぎる。

              折りたたみ傘がクソの役にも立たないことが判明し、靴の中まで水浸しになって江陵の町を歩く。キラビカギラムラのホテルしか見当たらない。看板などの表記がハングル文字ばかりで英語の併記が非常に少ない。完全にアウェーの場所、あまり外国人が訪れない町に来てしまったようだ。

              心が折れそうになったので、一度駅に戻って、雨をしのげる場所で策を練ろうと決めて歩き出すと、ようやくビジネス然としたホテルを見つけた。

              喜び勇んでホテルに入ると、フロントには誰もいない。呼びかけても返事は無い。

              一旦落ち着いて状況を確認してみよう。
              フロントには誰もいない。ロビーには電気もついていない。しかし廃業や休業では無いはずだ。小奇麗だし生活感もある。何よりドアが開いたじゃないか。
              フロントのカウンターの向こうの開いたドアから、奥の景色が見える。何やら店舗のような景色。ハタと気がつきホテルを出て、建物の裏手に回りこむと食堂があった。フロントの奥に見えていた景色はここだ。
              食堂に居た女性に、今夜ホテルに泊まれるかと尋ねると、「あんた日本人?」と日本語で返事が返ってきた。

              この人がホテルの若女将さんのようで、高校生の頃に名古屋に留学していたとの事。日本語を話すのは何年ぶりかしら?と流暢な日本語を使うので、自分の肩の力が抜けていくのがわかった。

              あらためてホテルのフロントにまわり、宿泊の手続きをしていると、宿の女将、若女将のお母さんが出てきて、あんたびしょ濡れだから早く身体を拭きなさいとタオルを沢山持ってきてくれた。

              夕食は先ほどの食堂でとる事にして、無事に部屋に入った。





              部屋に入ると持ち物の乾燥作業。ドライヤーをフル活用して乾かすべきものを乾かしているうちに、夕食をお願いしていた時刻になったので食堂へ。
              既にテーブルが用意されている。と思ったら、ホテルの家族の皆さんの食卓で、違うテーブルに通される。



              このホテルのオーナーが考案したという牛の頭の肉のスープ。テールのスープと同じ味わいで美味しかった。ちなみに少し食べちゃってから写真を撮っているのは、そのときの私の空腹具合を表すための演出である。尚、この演出は多用しているので注意して御覧いただきたい。

              奥の座敷で常連客と思わしき人たちが飲んでいて、自分が日本人だと解ると「独島」という言葉が聞こえてきた。ホテルの皆さんは聞こえないふりをして、通訳する事はなかった。旅行中、後にも先にも竹島の事が出てきたのはこの時だけで、この常連客もお酒が入っていなければ口にしなかったかもしれない。現実とはこういうもので、大騒ぎしているのは外野だけで現地に行ってみると何も無かったりする。

              食後は食堂の並びのコンビニへ。若い店員さんと、数人の若い客がいたのだけれど、言葉が違う人間を初めて見たようで全員こちらを見ながら固まっている。そんなに日本人が珍しいのだろうか?という気分で買い物を済ませてホテルに戻る。

              外は雨。シャワーを浴びてさっさと寝よう。そう思いシャワーの水栓を捻るも湯が来ない。もしやと思って服を着てフロントへ行くと、やっぱり誰もおらず、食堂でテレビを見ながらまったりしている皆さんの所へ行くと、「ボイラーのスイッチを入れるのを忘れていた」との事。やっぱりだ。他に客の居るけはいが無かった。多分今夜の客は自分だけ。客がいることすら忘れている雰囲気があったのだ。

              江陵には到着から就寝まで楽しませてもらった。






              翌朝は雨は止むも曇天。少し肌寒い。
              江陵を発つ前に、このアメイジングなホテルを紹介しておこう。駅前から右斜め方向に進む道がある。そこを進むと道を塞ぐように建っているのが「DONG KOOK HOTEL」1泊3万ウォンでした。フロントに人が居ない場合は建物の左手に周りこんで食堂へ。若女将は日本語が話せます。シャワーを使う前には湯温の確認を忘れずに!


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              「テツトヒト」、2013年度が終了しました。今年も駄文にお付き合い頂きありがとうございます。ガイドブックとして読めるようにと、「ですます調」で書き始めたものの、何かが違うと思い至り、通常の書き方に戻したりした1年でした。

              それでは今年、2013年度の海外鉄道乗車キロ数を報告しようと思います。

              2013年 2月  タイ      751キロ
              2013年 7月  ベトナム  1726キロ
              2013年 8月  台湾      72キロ
              2013年12月  タイ       44キロ
              2013年12月  ミャンマー 1290キロ
              2013年12月  台湾      65キロ
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              2013年  計 4ヶ国    3948キロ

              という結果に終了しました。
              2014年度は果たしてどうなる事か。諸般の事情により長期休暇が取り難くなりそうで、あまり乗車距離は伸びなくなるかもしれません。
              次回は江陵出発からお会いしましょう!


              49号車 韓国1周の旅・7 【釜田から江陵へ】

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                この記事がアップされた時刻には、台北にいるものと思われる。現地時刻では前日の12月11日の23時49分。

                12月4日に日本を発ち、台北、バンコクを経由してミャンマーのヤンゴンへ。予定通りであれば最北端のミッチーナー駅からマンダレーをへてヤンゴンに戻り、ヤンゴンの環状線を堪能してからタイに戻り、バンコクのマーブンクロンセンターあたりで遊んで、台北へ。

                今頃は夜市で晩飯を食べて、駅前のボロい安宿に泊まって、「本当にボロいなぁ」と、ニコニコしながら独り言を口に出している重篤な状態でしょうな。

                ということで、今年3回目の海外に出ています。

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                韓国3日目の今日は、釜田(プジョン)駅から発車するムグンファ号に乗り込み、日本海側最北端の駅、江陵(カンヌン)駅を目指す。

                釜山エリアから江陵まで直通列車は、釜田9:05発のムグンファ号1682列車の1本のみ。江陵には17:17の到着予定。約8時間に及ぶ足の長い列車だ。



                後追いで近づいてきている台風14号の影響で朝から雨模様。
                釜田駅に到着すると、先発の東大邱(トンデグ)行のセマウル号が屋根の無い駅の外れにあるホームで発車を待っていた。

                駅構内のミニコンビニで食料を買い込んで乗車。





                韓国ではプレート式のサボ(サイドボード)が現役。駅名が漢字併記なので日本人にはありがたい。

                編成は「機・電源・ハザ・ハザ・ハザ・ハザ」の6両編成。車内は日本の14系客車のような趣き。標準軌ゆえに車体幅が広いので、厚めのシートなれども通路は車椅子が余裕で通れるほど。うち1両には軽食コーナーが設けられていた。





                定刻に釜田駅を発車した列車は、海沿いに東海南部(トンヘナムブ)線を北上していく。





                途中の海雲台(ヘウンデ)駅のあたりまでは釜山の近郊エリア。高層住宅が立ち並ぶ。近郊コミューターの運転に向けた整備と思われる工事が行われていた。



                この付近で少しだけ海沿いを走るものの、すぐに内陸側に入ってしまい、のどかな田園地帯をひたすら進む。



                2時間ほどで慶州(キョンジュ)駅へ。ここからは列車は浦頃(ポハン)へと進む東海南部線と分かれて左に折れ、慶州を起点にソウルの清涼里(チョンニャンニ)へと進む中央(チュンアン)線に入る。




                中央線は橋を渡り左に大きくカーブする。平行して走る東海南部線は橋を渡ると右にカーブし、この兄山江という川に沿って進み、河口の町、浦項に至る。



                次の西慶州(ソギョンジュ)からは、中央線から慶州を経ずに東海南部線の浦項方へ接続する短絡線が存在する。そして、この短絡線を通る列車が1日2往復だけ存在する。

                KORAILの線路図を見るとわかるのだが、こうした短絡線で結ばれるデルタ区間が9箇所も存在する。KORAILを全線走破しようとすると、この短絡線にも乗らなければならない。短絡線を通る列車は、あまり本数が多くないので、その列車に照準を合わせて行程を組まなくてはならなくなる。マニア活動は意外と大変なのである。今回は初めての韓国なので、この問題はスルーだが、いずれ直面するのだろうかもしれない。

                ちなみに日本国内にも幾つかデルタ区間が存在するが、短絡線を旅客列車が恒常的に走るというところは少ない。これは列車の向きを変えたくないという理由からだ。電車列車がほとんどの昨今。電車には「向き」というものがあって、床下に引き通されている配線の向きが同一方向になるように揃えられている。向きが揃っていないと、故障時に併結出来ない事態になるからだ。連結器でつなぐ事が出来ても、電気的につなぐ事が容易でない。「おばけジャンパ」なるジャンパ栓ケーブルが必要になる。それだけではない。保安装置にも向きがあって、これも揃えられている。スイッチで切替える事が出来るが、事故の遠因を作るようなものなので恒常的に触れるものではない。
                「向き」揃えている解りやすい例で言うと房総半島。外房線と内房線を乗り継げば房総半島をぐるりと1周できる。しかし終点の安房鴨川駅を相互に通り抜ける列車は存在しない。電気配線と保安装置の向きに縛られているからだ。線路はつながっているし、たまに臨時列車で房総半島を1周する企画もあるが、安房鴨川で車両を乗り換える形態をとっている。



                余談に興じているうちに永川(ヨンチョン)駅に到着。ここで東大邱(トンデグ)に向かう大邱(テグ)線と分岐。



                左方向に分岐していく大邱線と分かれて橋を渡る。



                下流側に架かる橋は、大邱線から近寄ってくる、憎っくき短絡線の橋だ。この短絡線も1日2往復の列車が存在する。

                今走っている中央線の本線のこの線路、永川〜北永川(プクヨンジュ)間も1日3往復しかない。うち1往復はKORAILでは数少ない夜行列車が夜中に抜けてしまう。

                左方から近寄ってきた短絡線が合流する北永川駅は、短絡線を経由する列車だけが停車する。故に1日2往復しか停まらない。永川を通らず短絡してしまうので、永川の利用者の便宜を図る為に北永川に停まるという寸法だ。北永川駅へ・北永川駅からは各自他の交通手段で永川駅方面を結ぶ事になる。

                本線の列車が3往復、短絡線からの列車が2往復やってくる北永川から先、安東(アンドン)までの間は1日5往復しか列車が走らない。中央線の中でも閑散区間だ。




                飛鳳(ピボン)駅を通過。かっこいい名前の駅だが営業休止中の駅。閑散区間だからといって営業休止をしているわけではない。

                KORAILでは現在営業休止となっている駅が多い。いや、営業している駅の方が少ない。日本に照らし合わせて言えば、急行、特急停車駅しか営業していない状態なのだ。よって、大都市の近郊区間を除いては、JRで言うところの各駅に停まる「普通列車」は運転されていない。駅がそういう状態なので、急行格の「ムグンファ号」、特急格の「セマウル号」しか走っていないと考えて間違いないと思われる。

                韓国のモーターリゼーションは凄まじく、小駅を営業休止にし、都市間輸送に特化した列車の供給をする事で鉄道を維持する事にしたようだ。
                しかし、小駅は廃止ではなく休止。需要が発生したら復活できるようになっている。写真でわかるだろうか、建物を維持する為に金網と有刺鉄線で囲まれており、メンテナンスも施されているようで各駅共に綺麗な状態だった。
                貨物や信号所、難所の前後の保線や補機などの要衝となる駅は旅客営業だけを休止し、機能は生きていて活気があった。



                長閑な田園・丘陵地帯を走り、栄州駅が近づいてくると電気機関車が見えた。フランスのアルストムとの技術提携で作られた機関車。カッコイイ。逆スラント形状の前面窓ガラスはどういうものなのか、一度経験してみたい。風きり音が凄そうだ。





                栄州(ヨンジュ)駅には6分延で到着。ここからは京釜(キョンブ)線の金泉(キムチョン)とを結ぶ慶北(キョンブク)線が分岐している。1日3往復、土日のみ夜行が1往復増えるローカル線。いずれ乗りたい。

                列車は中央線と別れて右に折れ、嶺東(ヨンドン)線に入る。ここから終点の江陵まで、嶺東線の全線を走破するのだ。







                嶺東線に入ると山岳地帯となる。台風のあおりで増水した川だが、濁りが酷くない。この先、雨による運休の心配はなさそうだ。









                途中駅では機関車を沢山見ることが出来る。この一帯は石炭などの鉱物資源の搬出で栄えたエリアだそうで、現役で稼動している箇所もあった。

                栢山(ペクサン)駅の先で中央線の堤川(チェチョン)とを結ぶ太白(テベク)線が左に別れ、左から短絡線が近づいてくると東栢山(トンベクサン)駅。さて、この先が今回の旅を決める端緒となった3段式スイッチバック。KORAILきっての名所だ。しかし先述した通り、つい先だって新線のループ式トンネルに切替えられたばかり。

                東栢山を8分延で発車した列車は、右に勾配を登ってゆく旧線を見つつ、トンネルに入る。
                トンネルを出た列車は海岸線にある東海(トンへ)駅に向け、川を右に左にと渡りながら、ひたすら坂を下っていく。

                東海駅からは海沿いに南に戻るかたちで三陟(サムチョク)線が分岐している。セメント輸送の為の路線だそうだが、1日3往復の列車が設定されている。この3往復とも三陟〜江陵に設定された専用編成の観光列車で、「海列車」という愛称を持っている。今回は乗車を見送ったが、三陟線に乗るには必ず「海列車」に乗らねばならない。

                東海駅からは、韓国では東海と呼ばれる日本海を右手に見ながら、終点の江陵(カンヌン)駅に到着。ホームには「海列車」が停まっていた。



                8分の遅れ、17:25に江陵駅に到着。
                目的地には着いた。目的地には着いたのだけれども…。


                48号車 韓国1周の旅・6 【釜山探訪】

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                  宿に荷を解いて、再び地下鉄に乗って、ひとつ隣の釜山駅へ。
                  今回の行程では釜山駅発着の列車に乗らないので、韓国の南の玄関口である釜山駅に表敬訪問をしに向かったのだ。



                  言わずもがなの箱物(以下略)。南の玄関口に相応しい、ガラス張りの立派な駅舎が聳え立っていた。
                  駅前で一服点けていると、プロの無職と思わしき方に話しかけられました。どうやらこの国でも日本人だと認識されないようで、現地語で突然話しかけられるので困る。タバコを1本くれと言っているのがわかったので差し上げると雄叫びをあげながら去っていった。

                  旅に出て駅前でタバコに火を点けると大概タバコをねだられます。ああ、ここは日本ではなく旅先の外国なのだ。と、タバコをねだられる事で居場所を認識し、旅先なのだと実感したりするのです。このタバコをきっかけに話をしたりするので、自分の中では嫌なものではありません。

                  国内でも一度だけ、タバコをねだられた事があります。散歩中に自宅最寄りのバス停を通りかかった時のこと。バスから降りてきた人がこちらに近寄ってきたので道でも尋ねられるのかと思ったら、タバコを1本くれとの事。遂に日本もここまで来たか。などとも思ったものだ。
                  さて、これでタバコで海外を感じるくだりは破綻しました。もしくは我が家の周辺は日本じゃない!という事に決まりました。



                  釜山駅の顔ハメ

                  釜山駅構内で、ひとくさりマニア活動を展開して再び地下鉄へ。





                  薄暮れの駅前噴水広場には、電飾を施したオブジェが。
                  駅前にこうしたオブジェがあるというのは、どういった理由からなのかと最近気になっている。
                  噴水があって喜ぶのは子どもと鳩と野良犬くらいだし、SLが飾ってあって喜ぶのは子どもとマニア。オブジェに至っては誰が喜ぶのだろう。自分は子どもでマニアなので噴水とSLは大歓迎。
                  この理屈で行くと、改修前の新橋駅前広場がベストだった。しかも噴水の真ん中にはブロンズ像まで建っていたのだから。
                  ブロンズ像はいい。ブロンズ像のほとんどが裸体なのがいい。街中に裸体の像を置くというのは、反骨精神のようなものを感じるからだ(嘘)。
                  こうした裸体を晒したブロンズ像を自分の中では「ブロンザー」と呼ぶ事にしている。勿論、敬意を表してだ。


                  「ブロンザー」の一例。鎌倉市内にて。なぜか帽子だけ着用。


                  全世界の駅前開発担当者の皆さん、駅前広場には噴水とSLでお願いします。あと、突拍子も無い場所への「ブロンザー」の設置をお願いします。

                  地下鉄で2駅、チャガルチ(漢字地名無し)駅に向かい、チャガルチ市場へ。





                  市場の建物に向かう路上にも屋台売りの店舗並んでいて楽しい。



                  正面奥の建物がチャガルチ市場の建物。





                  建物内部の1階には鮮魚店が並び、ここで購入したものを2階にある店舗に持ち込んで調理してもらって食べる事が出来る、沖縄の牧志にある公設市場と同じスタイルだ。

                  一人だったので食べきれなくなりそうなのと、そもそも腹があまり減っていなかったので、ウインドウショッピングだけにした。

                  このチャガルチ市場内を探索している時の事。威勢のよい大声で携帯電話で話をしている人がいる。大きな声だなと見たところ、あるお店のオバチャン店主。水を扱っている商売柄、衣服に水しぶきが掛かって、点々と水がついて服の色が変わっているのだけれど、そのオバチャンの着ている水色のポロシャツの、ちょうど右胸のところに乳輪状態で水玉模様が。しかもオバチャンはノーブラらしく、水を吸って柔らかくなった生地のお陰で、乳首の形がくっきりと。
                  ポロシャツは水を吸うとポロリシャツになるということが判明した瞬間だった。
                  魚市場で突然ゲラゲラ笑い出したら病気の人だと思われるので、そそくさと場外に出た。

                  チャガルチ市場の建物の裏手は海に面したデッキになっていて、ここからの夜景が素晴らしかったので、ポロリシャツの事は忘れて御覧下さい。



                  チャガルチ市場を背にして、地下鉄が通る九徳路を渡って山手に進むと国際市場がある。ここは何でも揃う市場。









                  ここで買った食べ物はこちら。



                  ポンテギ。大好きなのだよポンテギが。
                  ポンテギが何かはウィキペディアを参照してくれたまえ。
                  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9D%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%AE

                  幼い頃、親父に連れられ近所の川原によく釣りに行った。幾つかの粉餌を混ぜて練り餌を作るのだけど、その中に茶色いパッケージの「さなぎ粉」というものがあった。その茶色い粉末は、甘くて美味しそうな香りがする。その香りが魚を寄せるのだそうだ。繭を取った蚕の蛹。それを粉末にしたものだと教わった。

                  さなぎ粉だけを練って、薄く延ばして焼いて食べたら美味かろう。

                  そう思い練ったものを喰おうとしたら親父に咎められ、こっそりと粉を舐める程度で諦めていた。当然だがどれもこれも粉っぽくて美味くなかった。
                  が、我慢が出来なくなり、団子を作って食べてみた。ダントツで美味かったのはマッシュポテト。これは当然の事だ。「エビ粉」というのもあって、これは焼いて食べると美味い。坂角の「ゆかり」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E8%A7%92%E7%B7%8F%E6%9C%AC%E8%88%97 を初めて食べたときに、これは「エビ粉」を焼いたアレだ。と思ったものである。

                  それからいくばくかの時が流れ、子供達だけで釣りをするようになった。リール竿を手にし、吸い込み針で鯉を釣るようになった頃、釣具屋で「生さなぎ」を発見した。海釣りの撒き餌用に、さなぎをミンチ状にしたもの。そのニチャニチャとしたパッケージの中に、更に小ぶりのパケが内包されていて、そこに煮ただけの状態のさなぎが入っていたのだ。遂に今まで謎だった「さなぎ粉の原料」を見ることが出来る。嬉々として購入し、原形を留めた「さなぎ」をしげしげと観察したが、遂に口に入れる事は無かった。鮮度に疑義を感じたからである。生素材なので開封してからの足は早い。そう考え、ミンチをベースに吸い込み針を包む団子餌を作り、さなぎは脇に出す長糸針の誘い餌として消費した。

                  そんな事をすっかり忘れていた最近、チェンマイで「さなぎの素揚げ」に出会い、鮮度の良いさなぎを食べて念願を果たした。
                  そして韓国にもあると聞いていたさなぎ。その名も「ポンテギ」にこうして出会えたのだ。

                  大鍋で茹でられたポンテギを、紙コップ1杯、2,000ウォンで購入。ウィキペディアを参照した今となっては、倍値でボッタくられていた事が判明した。写真にちょっと写りこんでいたモチキビも購入したのだが、こちらも倍値で買わされていたのだろうという疑いは拭えない。お店のオッサンがやけに愛想が良かったのが今になって解ったよ。

                  ポンテギは缶詰もあって、コンビニでも売っているので、イヤゲ物として喜ばれるので活用されたい。しかし食べるのならば温かい茹でたてが一番だ。缶詰を皿に開けてレンジでチンするよりも、露店で茹でたてを食べるのをオススメしたい。ただし、紙コップ1杯1,000ウォンが相場だと肝に銘じて臨むがいい。

                  どんだけさなぎを語るのだよ。とお思いのところ申し訳ないが、さなぎの余談を続けたい。以前、ニヒル牛マガジン連載陣のエロさんが帰国した際に、デニスさんに連れられて行った新大久保の「延辺料理」の店に「さなぎの串焼」があった。これは親指くらいある大振りなさなぎで、中は完全なミルク状態で食べつけなかった。思うにあれは大き目の蛾の類のさなぎと思われる。まあ、蚕も蛾なのだけれど、さなぎは蚕蛾の茹でたものが一番旨いということを言いたかったのですよ僕は。
                  養蚕の盛んだった日本。我が地元も登下校の際には桑畑の中を通ったものだし、現在仕事をしているのは日本のシルクロードと呼ばれたところだ。絹を紡ぐ際に茹でられたさなぎたちは、どうしていたのだろうか。そのうち調べてみたいと思う。たぶん忘れるけど。

                  チャガルチ市場、国際市場と巡って、ホテルのそばの店で夕飯を食べる事に。順天で口に出したものの食べる事のなかった「ネンミョン」を頂いて、この日を終えたのでした。



                  47号車 韓国1周の旅・5 【順天から釜田へ】

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                    順天で無事に昼食にありつくことができ、ホッとしたところで、ここからは当初に予定していたムグンファ号に乗車。






                    1954次ムグンファ号は定刻より7分遅れての到着。慶全(キョンジョン)線は非電化線なのでディーゼル機関車牽引の客車列車。
                    呪文で言うと、「機・ハザ・ハザ・ハザ・電源」の5両編成。



                    車内は昼食後の気だるい雰囲気に飲み込まれており静か。順天を発車してすぐに、建設中の新線が見えてきた。KTXの運転区間を延長すべく、どんどん新線が建設されていて、昔ながらの路盤を楽しめるのも今のうち。この先でも現在KTXが運行されている区間の先に伸びる路線のあちこちで新線の建設が行われていたので、切り替わる前に来る事が出来て良かった。

                    釜山を目指して海沿いに進んでいるはずなのだけれど、海は全く見えてこない。線路は海岸線からは随分と内陸を走っているようで、長閑な景色の中を進む。





                    とにかく景色が単調なので、ウトウトしたりしているうちに、大きな川沿いを走り始めたと思ったら、もう釜山圏内。





                    何故かビートルズの「Let It Be」が車内放送で流れはじめ、以降この曲を聴くたびに「終点に着いた」という気分になってしまうトラウマを植えつけられつつ、終点の釜田(プジョン)駅に到着。

                    釜山(プサン)では方面別に列車の発着駅を分けているようで、釜田は東京で言うところの上野のような駅だろうか。その言い方が合わないくらい釜山駅に比べて小さいので、往時の両国といえばマニアの人には雰囲気が伝わりやすいかもしれない。








                    釜田から釜山へは地下鉄に乗り換えて向かうことになる。
                    橋上駅舎を海側に出て、ゆるい坂道になっている駅前通りを少し下って、大通りにぶつかるところに地下鉄1号線の駅がある。その坂道の右手が市場街。





                    今乗ってきた慶全線や、海沿いに北に進む東海南部線の発着駅となる釜田駅。駅前に市場が出来るのは必然的なことだろう。始発・終着駅の駅前はこうでなくっちゃと思う。





                    市場を一巡して地下鉄に乗り、今夜の宿として目星をつけたホテルの最寄の中央(チュンアン)駅へ。



                    中央駅には地下街があって、衣料品や雑貨を中心としたなかなか面白い品揃え。かなりの長さの地下道にびっしりと店が並ぶ。



                    長い地下街の終端の1番出口がホテルの最寄り出口。



                    釜山タワーの聳える山のふもと、坂道を登る手前の路地を入ったところにある東新(トンシン)ホテル。暗くなると寂しくなりそうな立地だけれども、人通りの多い路地なので安心。





                    フロントは日本語対応で、日本語の案内マップなども完備。そこそこ綺麗な場所で寝られれば良いというのであれば充分満足。部屋にはPCも完備。
                    1泊50000ウォン。


                    荷を解いて、釜山の街の探検に向かうのでした。


                    46号車 韓国1周の旅・4 【KTXで順天へ】

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                      2012年8月29日。天気は曇り。いよいよ韓国1周のスタート。
                      手配した順天(スンチョン)まで乗るKTXは、ソウルのひとつ南の龍山(ヨンサン)駅始発。ソウルから南下する列車は、釜山方面はソウル駅始発、大田(テジョン)から分岐する湖南(ホナム)線方面へ向かう列車は龍山駅始発と分かれているようだ。

                      地下鉄1号線で龍山駅へ。





                      龍山駅はソウル駅に負けぬ立派な造り。KORAILは赤字じゃないのか?と疑問に思ってはいけない。日本と比肩するほどの箱物行政がそこに存在するのだと思えば致し方ない。素敵な駅舎じゃないか。





                      乗り込んだのは、龍山8:05発、麗水(ヨス)EXPO行のKTX703号。
                      フランスのTGV編成のKTX-気派塢召鬚った固定シートを転換シートとし、分割運用できるように半分の10両編成で登場した国内製造のKTX-供∋垣遏淵汽鵐船腑鵝吠埓。

                      発車してしばらくすると専用の高速線に入り、日本の新幹線の様相で走る。大田の手前から在来線に降りて、湖南線に入る。山形や秋田新幹線といった、日本のミニ新幹線と同じようなスタイルで走るのだ。





                      湖南線に入ると沈下橋が見えたり、田園が続く長閑な景色に。
                      途中の益山(イクサン)駅から、湖南線から分かれて麗水方面への全羅(チョルラ)線に入る。
                      全羅線はKTXの運転開始に合わせて線形改良をしたようで、トンネルと高架橋ばかりの新線になっており、再び高速で走る。途中ところどころで単線の旧路盤と交差し、旧線時代に来たかったと思いを馳せたりした。




                      3時間ほどで目的の順天(スンチョン)駅に到着。400キロほど、ソウルから南の海沿いまで3時間で来たのだから、なかなかの速さだ。





                      降り立った順天の駅舎も立派なもので、やはりどこの国も箱物(以下略)

                      とにかく暑かった。駅前広場の木にクマゼミを濁声にした鳴き方をするセミ達が大合唱をしていて、更に暑さを増してくれる。大陸型のセミは強力だ。

                      ここで次に乗るムグンファ号まで1時間半ほどの待ち。なので昼食を摂る事にした。



                      駅の向かいには路上市場が広がる。が、果物の店ばかり。暑くて歩くのも嫌なので、写真の右手のドアの食堂に入った。



                      駅前食堂。席についたものの猛烈なアウェー感。



                      メニューは全く読めない。

                      店のおばちゃんが水を持ってやってくるも、何をおしゃって居るのか解らない。英語も通じない。注文を取りに来ているのは間違いない。頭の中から知っている韓国料理の言葉を引っ張り出して、「ネンミョン!」と言ってみた。
                      「水曜どうでしょう」の「韓国食い道楽サイコロの旅」を見ていて覚えた言葉だ。暑いからネンミョン、冷麺をオーダーしてみたのだ。
                      するとなにやら言われたのだが、皆目解らない。

                      すると隣の席で食事をしていた若い女性が、「日本の人ですか?」と助け舟を出してくれた。日本語の解る人が居た!「ここにはネンミョンは無いですよ」と言って、ネンミョンを食べられる店を教えてくれようとしたので、知っている言葉がネンミョンだけだったと白状し、定食をオーダーしてもらう。



                      出てきたのがコチラ。魚のスープの韓定食。6000ウォン。日本円で500円強。メインの魚のスープがあっさりしすぎていて物足りなかったけれども、おかわりできる副菜たちが美味しくて満足。

                      台湾でも感じたのだけど、近隣国には日本語の解る人が意外と多い。だからこうして助けてもらう事ができた。救いの女神に感謝である。

                      外国を旅していると、時折、日本語でその国や人の悪口を言っている人を見かけたりする。単独の旅行者よりも複数人での旅行者の会話の中から聞こえてくる。日本語だから解るまいという気持ちがあるのだろう。
                      しかし、解る人には聞こえているし、そばに自分のような日本人が居て、聞いて悲しい気持ちになったり憂いたりしているのだ。

                      なんて事を考えながら無事に昼食を済ませたのでした。


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