144号車 韓国補完の旅・6終 【 一挙縦断 】

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    仁川空港からのフライトは18時45分。国際線なので2時間前には空港にいなければならない。釜山からソウル行のKTXは20分間隔くらいで発車しているのだが、ソウルを超えて仁川空港まで走っているのは日に6本だけ(2015年2月当時)。釜山駅を12時に発車するKTX132列車を選択した。空港まで乗り換えなし、3時間41分の旅だ。

     

     

     

     

    釜山駅を出た列車は在来線から高速専用線に入る。なので景色は日本の新幹線と同じくつまらない。東大邱(トンデグ)駅からは在来線を走り、大田(テジョン)から再び高速専用線へ。

     

     

     

     

    日本の新幹線と違うのは、線路の規格が在来線と同じなのでKTXも在来線と同じホームから発着するという事。主要駅の手前で専用線から在来線に合流して、駅を出ると再び専用線に入っていく。京釜間のKTXは列車によっては半分を在来線経由で小駅に寄って行くという運行をしているのだ。KORAILにおいては信用乗車制という、改札を設けないシステムもホームを分ける必要を無くしているのだろう。日本の鉄道網からは考えられないくらいにフレキシブルな列車運用がなされている。

     

    2時間44分でソウルに到着。ほとんどの人が下車してしまい、車内は一挙に静かになった。車庫に入る回送列車に間違って乗ってしまったかのようだ。

     

     

    10分ほど停車して北上開始。ソウルから北に向かうKTXは、基地のある幸信(ヘンシン)駅への入出庫の列車と、それを実入り運用する一部列車のみだったのだが、仁川空港行がこれに加わった。一昨日、空港鉄道線で到着した際にはソウル駅の地下4階に降り立ったのだが、その空港鉄道線に乗り入れるKTXはソウル駅の地上ホームから発車。ソウル駅から北は京義(キョンウィ)線を走る。

     

    ソウル(京城)と新義州(シニジュ)を結ぶ路線なので京義線。新義州は北朝鮮の中国との国境、鴨緑江のほとりの都市だ。なのでソウルからは50キロほど先までしか列車は走っていない。その先は隣国なのだ。そうした歴史をもつ京義線を8キロほど走り、水色(スセク)駅の先で分岐する水色直結線という連絡線を通って空港鉄道線に入る。

     

     

     

     

     

    こうして列車は仁川国際空港駅に到着。列車はKTX専用ホームに入る。隣のホームにはKTX−胸垣遒停車していた。山川の停まっている向こう側が空港鉄道線のホーム。電車用の高いホームでホームドアもついている。建設時からデザインされていたからであろう、長きにわたり塩漬けにされ、JRと京成が半分ずつ単線運用する成田空港駅とは大違いである。

     

     

    こうして韓国補完の旅は終了。幾つもの乗り残しがあるが、今回はチェンマイに向かう途中での乗り継ぎを活用しての強行2日の旅。まあ上出来だ。

     

    これから乗り込むチェンマイに向かう便には、成田から飛んできた友人たちも乗り込むことになっている。ばれないように見つけ出して背後から驚かそうとするも失敗。チェンマイ到着が深夜になるので、夜食用にと釜山駅のコンビニで友人たちの分も買い込んでおいた複数の韓国海苔巻き・キムパプがダイナマイトにでも見えたのだろう手荷物検査で引っ掛かり、キムパプだと判明するや検査官が失笑したのが印象的だった。

     

    金浦空港〜ソウル   20.4

    ソウル〜大田    166.3

    大田〜堤川     159.1

    堤川〜栄州      62.4

    栄州〜釜山     303.1

    釜山〜仁川国際空港 472.9

     合 計     1184.2キロ

     

    次回からは比較的新しめ、タイの南部の支線をめぐる旅をお届けします。  

     

     


    143号車 韓国補完の旅・5 【 プ散歩 】

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      釜山駅を出てすぐの東横イン。予約していたのに予約は受けていないと言われる。それもそのはずだ。予約していたのは「釜山駅2」店だからだ。駅からずいぶん歩いて予約していた方の東横インにチェックイン。

      その部屋からの夜景。並びに朝の景色。

       

       

       

      今日の列車は正午発。朝食を済ませてフロントに荷を預けて散策に出かける。

      まずは乾魚物都売市場(コンオムルトメシジャン)へ。時間はたっぷりあるので地下鉄には乗らずに歩いて向かう。影島(ヨンド)大橋のたもと、ロッテモールの向かい側に見慣れた建築様式の店舗が並ぶ乾物屋街が現れる。

       

       

      最新のショッピングモールの道向こうには昭和感漂う看板建築の商店が。このエリアには日本時代の建物がたくさん残っているのだ。

       

       

       

       

      乾物屋街へは影島大橋の下を抜けていく事にする。橋に近づくと遮断機や操作室などの構造物から可動橋であることに気づいた。調べてみると釜山大橋として日本時代の1934年の完成で手前のアーチ部が跳ね上がる構造。開閉を行わなくなってから長い年月が経っており、東隣りに新橋をかけて名前を譲り、影島大橋と名称が変更されたそうだ。

       

       

       

       

      橋の下をくぐると倉庫群が並んでいた。そこを抜けて乾物屋街へ入る。張り出したアーケードで分かりづらいが看板建築が幾つも建っている。瓦の補修がままならないのか、屋根全体をシートで被っている建物が散見された。

       

       

       

       

       

      そのまま西に歩いて魚市場、チャガルチ市場へ。場内市場は2階で買った海産物を調理してもらえる食堂があるシステム。場外の露店も活気がある。

       

       

       

       

       

       

      大通りを渡って国際市場へ。屋台だけでなく屋根もない青空商店が道の真ん中にずらりと並んでいたりするなんでも揃う市場。アーケード街は活気があり観光客だけでなく地元の人々で賑わっているようだ。

       

       

       

       

       

       

      こうして釜山の散歩、プ散歩は終了。夕刻のフライトに向けて一挙にソウルの仁川空港へ。釜山から乗り換え無しで行ける列車が走り始めたのだ。

       


      143号車 韓国補完の旅・4 【 慶北線の旅 】

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        「マジンガー」の愛称を持つ機関車の墓場と化していた栄州(ヨンジュ)駅。その墓場となっている側線と同じホームから、栄州14:20発、慶北(キョンブク)線経由、釜山行のムグンファ1825列車に乗り込む。7300形ディーゼル機関車を先頭に、電源車、6号車から始まり4号車にカフェカーを挟んだ計8両の編成。

         

         

         

         

         

        列車は定刻に発車。構内の反対側には機関区があり、現役のマジンガーの両タイプを見ることができた。列車は中央線から右に別れて山間に入っていく。
        この路線の定期列車は栄州と釜山を結ぶ1日に3往復のみ。その他に土日運転ならびに金曜運休の臨時列車が1本ずつ運転されている(2015年2月当時)。とにかく明るい時間にこの路線に乗るには難儀するのだ。

         

         

         

         

        車内は利用客が多く賑わっていた。若者が多く大学生だろうか。

        線路が沿って走る川を見ていて違和感を覚えた。山間部なのに河原に石が見当たらず砂ばかり。砂の色からすると真砂土のようなので、この付近は花崗岩質のエリアなのだろう。水面も所々で結氷しており、大陸性の気候を感じさせられた。

         

        路線の中間あたりの店村(チョムチョン)駅からは炭鉱への聞慶(ムギョン)線が分岐しているのだが1995年から休止中。その支線であった加恩(カウン)線は2004年に廃止となっている。その聞慶線の姿を見ようと思ったのだが見逃してしまった。しかしソウル郊外から建設中の新線が忠北線の忠州を経て聞慶駅に至り、店村につながる予定があるので、いずれ聞慶線に乗れる日がくるのだ。

         

         

         

         

        記憶も写真も飛び飛びなので、どうやらまたしても寝ていたようだ。客車列車は静かなので致し方ない。くわえて韓国は標準軌なので乗り心地が良すぎるのだ。自分が慶北線に乗ったという事実に相違はない。

         

         

         

        ということで気づけば釜山に15分遅れの19:14に到着。駅前の東横インのフロントで予約が通っていないことに慌てふためき、よく考えたら予約していたのは駅前店ではないことに気づいたのは、今のところ秘密だ。

         


        142号車 韓国補完の旅・3 【 マジンガーの墓場 】

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          堤川(チェチョン)では次の列車まで1時間52分の乗り換え待ち。なので駅前の商店街を散策することにした。

           

           

           

           

           

           

           

          昼前の駅前商店街はとても静か。駅前よりも奥に入った街道側の方が賑わっているようだった。文字がハングルなことと並んだ食材のラインナップが少し違う気がするだけで、日本のどこかの商店街を歩いている気分になってくる。休憩スペースに描かれた壁画のように、夕刻になれば食堂街のようになるのだろうか。その時間に訪れたら別な世界が見られたのにと思う。

           

           

          駅に戻ると素敵な顔はめを発見。男性は横顔ではめなければならず難易度は高そうだ。

           

           

          上りの側線に停まっている貨物の牽引機がカッコイイのはフランスのデザインだから。マジンガーZみたいなので「マジンガー」という愛称をもつ8000形機関車。写真の手前の8092号機は全94両中に4両しかない韓国製の2号機。奥のフランス製輸入機とはサイドグリルの形状が異なっているのがわかる。

           

           

          次いで下りに入ってきたのは最新の8500形牽引の貨物。8200形の改良機だが貨物専用機で、先ほどの8000形の置き換えとして投入された機関車で、営業最高速度は8000形の85km/hの倍近い150km/h。他の機関車には無いバッファー(緩衝器)が連結器の両サイドに生えている。

           

           

           

          そして次に乗る列車が8200形に牽引されて入線してきた。ドイツの香りがするけれどもシーメンスの協力で造られた国産機。こちらも8000形の置き換えで製造された旅客機で営業最高速度は140km/h。

           

          中央(チュンアン)線、清涼里(チョンニャンニ)発安東(アンドン)行ムグンファ1605列車は、機関車を先頭に普通車5両、特等車、電源車の編成。次の目的地、栄州(ヨンジュ)までは54分の旅。前回来たときには嶺東線と太白線と迂回したので、この区間の乗車をもって中央線は全線走破となる。

           

           

           

           

           

          堤川を出た列車は日本海側に向かう太白線と別れて南下する。途中駅の側線には使命を終えた8000形が留置され色褪せていた。製造された94両のうち、現役なのは何両なのだろうか。国鉄からJRになった直後には廃用になった機関車があちこちで留置されていて、なんだか悲しい気持ちになったのだが、それを思い出した。

           

           

          そうして中央線の栄州駅に到着。電化区間はここまで。乗り換えは57分。構内が楽しいので駅舎の写真を撮るとすぐに構内に戻る。

           

          今朝ほど乗ったITXセマウルと日立製の200000形ヌリロが構内に居た。中部内陸循環列車なるイベント列車に改装された編成だ。

           

           

           

          この時は未だITXセマウルは定期列車として時刻に記載されていないので、乗務員のハンドル訓練か臨時運用での入線だったのかと思う。200000形は完全に臨時列車だ。

           

          ディーゼル機関車牽引の上りのムグンファがやってきた。機関車交換の作業を見学。

           

           

           

           

           

           

          嬉々として写真撮影をしていたら駅員さんに怒られた。この国は未だ軍事的緊張がある国なのだという事を忘れていた。

           

          さて、次に乗る慶北(キョンブク)線の列車は母屋側に停車していた。どれどれ機関車を見に行こうと先に進むと、

           

           

           

          母屋わきの貨物側線には大量のマジンガー。

           

           

          電化区間の果ての架線もない側線に放置され朽ちはじめているマジンガーたち。ここはマジンガーの墓場だ。

          解体される順番を待っているのだろう。もったいなくとも耐用年数を迎えてしまっては仕方がない。せめて状態の良い代表選手はソウルの鉄道博物館で動態保存してほしい。だって、かっこいいんだもの。

           


          141号車 韓国補完の旅・2 【 忠北線の旅(寝ていた模様) 】

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            明けて2月6日。乗り出しのソウル発釜山行、ITXセマウル号1061列車は6:10の発車。

             

            日本との時差は無いゆえに、東京よりも西にあるソウルの夜明けは遅く、まだ暗いなかソウル駅へ。駅へ向かう地下道にはホームレスの人たちの段ボールハウスが並び、饐えた臭いが立ち込めていた。首都といえども緯度的には秋田と同じところにあり、大陸からの寒波が降りてくるのでとても寒い。日本以上に格差社会ともいわれる韓国の実態を目の当たりにして朝から考えさせられてしまった。

             

             

            ホームには新製の電車型「ITXセマウル」号が待っていた。以前に訪れた時には前後にエンジンを積んだ集中動力方式のディーゼルPP方式の車両が現役で走っていたのだが、これらが廃車され電車に置き換えられた。列車名に「ITX」が付くのが電車型での運用となり、ただのセマウルは機関車牽引の客車列車となる。2018年には客車列車の引退が決まっているようなので、客車型セマウルの無駄に豪華なシートを堪能したくば急ぐべきである。

             

             

            210000系ITXセマウル号。KTXで行けば1時間で着いてしまうのだが、これに乗りたくて早起き。早朝なので車内はガラガラ。沿線主要駅へは前述のとおりKTXで行けば良いのであるから、空いているのは当然なのである。

             

             

             

             

            客車のセマウルに比して華奢なシート。花形をKTXに譲った今、セマウルのポジション的にはシートはこれで十分なのかもしれない。1時間45分ほどで大田(テジョン)へ到着。

             

             

             

             

             

             

            35分の乗り継ぎ。駅舎を撮影してホームに戻る。次なる列車は8:30発の忠北(チュンブク)線の堤川(チェチョン)行のムグンファ号1705列車。電気機関車を先頭に4両の客車編成。指定された2号車は半室が飲食スペースになっているカフェ車両だった。

             

             

            大田を定刻で発車した列車は分岐駅に向けて京釜線を30分ほどソウル側に戻る。忠北線の列車のほとんどは大田発着で組まれており、起点駅の鳥致院(チョチウォン)駅で下車して京釜線から乗り換えてもよかったのだが、全行程を組む中での効率を優先しての判断だった。

             

            鳥致院駅から右に折れて忠北線に入っていく。京釜線のもう一つソウル側の瑞倉(ソチャン)駅からも忠北線に入る五松(オソン)線と呼ばれるデルタ線が存在する。KORAILの全線走破を目指すには瑞倉から五松線を走る1日1往復の列車に乗らなければならないという試練が待っているのだ。それはまたいずれかの機会に。

             

             

             

            鳥致院駅から忠北線に入り、瑞倉からの五松線と合流すると五松(オソン)駅。橋上にはKTX高速線のホームがある。この先は内陸部を走るのだが、記憶も写真もない。どうやら寝ていたようだ。

             

             

             

             

            そうして列車は10:37に終点の堤川駅に到着。内陸部なので寒い。ここで次の列車まで2時間を過ごさなければならない。寒いのにだ。

             

             


            140号車 韓国補完の旅・1 【 南国のタイに向かっているのです 】

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              2015年2月。2月といえば毎年恒例の避寒の旅、タイのチェンマイである。このブログの連載原因となる「ニヒル牛マガジン」の執筆陣の幾人かと、ニヒル牛をプロデュースしたランニングシャツが似合う坊主頭の人がチェンマイに集まり、それぞれ勝手に海外ライフを楽しむということをもう10年くらいやっている。

               

              2015年もいつものようにチェンマイに向かう計画を立てた。しかしながら安いチケットが無い。何故なら春節とバッティングしてしまい、民族大移動が起きているからだ。この民族大移動に巻き込まれないルートが韓国・ソウル乗り継ぎの便だった。

               

              ソウルで乗り継ぐならば2012年に訪れた際に乗れていない路線を拾っておきたい。そう思い立って計画を立てた。

              往路は羽田〜金浦でソウルに飛んで2日のストップオーバー。忠北線と慶北線に乗って釜山で一泊。釜山からはKTXの仁川空港直行列車に乗ることにした。我ながら鮮やかな乗り継ぎ計画だ。

               

              いつもお世話になっている代理店に電話でチケットを発注。5分ほどの会話でフライトチケットが買えるなんて、おなじみさんになっていると便利だ。

               

              そうして手に入れたチケットを握りしめ夕刻の電車で羽田空港へ。ラッシュアワーの中、空いている上り列車で羽田に向かう。なんて素敵な場所に住んでいるのだと思える瞬間だ。フライトは19:55。2時間半ほどで金浦空港へ。沖縄より近く時差もない。ただし寒さは桁違い。避寒しにタイに向かう途中で東京よりも寒いところへ降り立ったのだ。

               

              金浦空港からは空港鉄道線でソウル駅の地下へ。羽田を飛んでから3時間半後にはソウル駅前に立っていた。

               

               

               

               

               

              今回の旅程は朝が早い。翌朝は6時10分発の列車が乗り出し。なのでソウル駅至近の宿を確保。が、なかなか辿りつけない。駅前なのに辿りつけない。駅前の警察署で聞こうかしらとも思ったが宿は警察署の至近なのだ。道を1本勘違いしていたことに気づいて無事に到着。こんなに近いのに迷うなんて不覚だった。

               

              シャワー・トイレ付なれど部屋はベッドで占められているという部屋。長期滞在と2人での宿泊には絶対向かないサイズ。綺麗だから文句はない。

               

              駅前には気になる屋台のお店がたくさんあったのですが、この日は明朝に備えて街には出ず、早々に床に就いたのでした。

               

               


              55号車 韓国1周の旅・13終 【京春線・青春の旅 帰国】

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                最終日。帰国便は夕刻のフライト。空港に向かうまでには時間があるので何処かに行こうと思い立つ。ソウル周辺で乗りに行く事が出来る路線はいくつもの選択肢がある。どこに行こうか思案した結果、昨日清涼里(チョンニャンニ)駅で見かけた京春(キョンチュン)線の青春(チョンチュン)号に乗りに行くことにした。


                宿を出て鍾路三街駅へ裏通りを行く。もう既に何度も歩いた道だが、夜の賑やかさとは打って変わって人気もなくひっそりとしている。


                 


                店舗の脇に据えられた炭火を熾すための炉。夜に大通りで営業していた屋台は路地奥の広場に集められ収容されていた。車が行き交う表通りよりも、人々の生活が息づく裏通りは歩いているだけで楽しい。

                 


                オートバイを改造したタイプの3輪自動車は韓国では健在。海を越えた日本ではほとんど存在しなくなってしまっている、こうした機械の在り方でも日本とアジアの違いが見えてくる。日本では規制の強化で消えたのではなく、ニーズや交通環境の変化、経済成長によって淘汰されていったのだろう。雨の日に濡れたくない、コーナリング時の安定性といった理由から4輪の軽トラなどにシフトしてきたのだと思う。いずれアジアの国々でも経済の成長に伴って同じような状況になるものと思うので、行った先々で見かけた珍車は撮影することにしている。


                地下鉄の駅に降りると、そこはかとなくドラ臭いキャラクターを発見。他の色使いであればドラだと連想しないのだろうが、どうしてこの色使いになってしまったのだろうか。その辺りにドラの人気の秘密や魅力があるのかもしれない。




                 




                 

                昨日に引き続き再び清涼里(チョンニャンニ)駅へ。コンコースは2階にあり広々としている。ペデストリアンデッキからは駅構内の龍山方を眺める事ができ、引上げ線で待機中の列車を見る事が出来る。このデッキで一服しているとオバちゃんがニコニコしながら寄ってきた。韓国語で話しかけられるも無論理解できるはずはないのだが、結果として「煙草を1本くれ」という事だった。差し出すと「向こうにいる友達の分も欲しい」と、駅舎にもたれて座るオバちゃんを指さす。都合2本を差し上げると礼を言ってニコニコしながら去って行った。それを横で見ていたOL風の女性が舌打ちをしていた。見えない格差や差別があるのだろう。が、一介の旅行者にすぎない自分は、これも何かの縁、旅の思い出として自分の身に塁が及ばない限りは流れにまかせて楽しんでいるのである。

                券売機で春川(チュンチョン)行きの切符を購入。タッチパネル式の券売機で乗車したい車両を指定できる。京春線は2010年に複線電化され、最近になって中間に2両の2階建車両が組み込まれた「ITXー青春」号という急行列車が走りはじめたとのことなので、その2階席を取った。
                改札口に向かうと自動改札機が並んでいる。が、自動改札は地下鉄線網用のもので、列車線として運用されるITXは信用乗車制を採っているので、有人改札から構内に入る。


                 








                 

                出来て間もないと思われるホームには転落防止柵があり、ホーム長も編成長いっぱいなので先頭車の写真を撮るのも一苦労。368000系は未だピカピカだ。2階建車両はスペースの活用があまりうまくないと感じる造りで、平屋部分は収納座席の付いた開放スペースになっていた。韓国内初の2階建て車両ではないかと思われる。2015年にはセマウル号用のディーゼル機関車PP車両の老朽化に伴い、セマウル号の廃止がアナウンスされている。後継には電車のヌリロ号型を充当していくとのことだが、この2階建て車両を1等車としてアコモデーションを変えて組み込んで運用すれば、風光明媚な路線では受けると思うのだが如何だろうか。

                乗り込んだのは「ITX−青春」2073列車。清涼里(チョンニャンニ)8:45発、春川(チュンチョン)9:48着。85.3キロを約1時間で結ぶ列車だ。表定速度の計算がしやすく、なかなかの俊足列車だとすぐに解る。

                清涼里を出ると忘憂(マンウ)までは中央線を走る。京春線の普通列車は忘憂の一つ清涼里寄りの上鳳(サンボン)発着となっている。忘憂から左に折れて京春に入る。複線電化前の京春線は、京元線の城北から分岐していたので、大胆な路線変更がなされているのがわかる。というよりも全線にわたって新線に切り替えられているといった方が正しい。古い路線図をたどると全く異なっているし、高架線とトンネルの連続で地べたを走る区間はわずかだ。

                 




                 

                退屈な車窓をぼんやり眺めつつ廃線となった旧線を目で追ったりしていると、加平(カピョン)駅付近から北漢江に沿って走り出す。この景色を楽しむ為に2階建車両を投入したのだなとわかる。平屋だと高架線の壁が眺望を妨げるので、2階席を選択して正解だった。
                 






                 

                北漢江から離れしばらくすると終点の春川(チュンチョン)駅に到着。駅の裏手は自動車教習所という既視感のある駅だ。この春川はドラマ「冬のソナタ」のゆかりの地だそうで、ドラマを見たこともない自分にはチンプンカンプンなのだが、おかげで沿線を含めて観光地として脚光を浴び、こうして新線切り替えまでとなったのであれば鉄道にとっては良かったのではないかとも思う。
                 

                駅舎の写真を撮ったら乗ってきた列車で折り返す。折り返し列車は龍山(ヨンサン)行なので、清涼里の先の中央線の未乗区間をこの列車でクリアする事にした。
                 






                 

                隣のホームには普通列車の361000系が停車していた。この列車は先述したとおり京春線内のみの運用で上鳳止まり。首都電鉄線として地下鉄網に組み込まれているので清涼里や龍山には足を延ばさない。
                 






                 

                折り返しは「ITX−青春」2014列車として10:10春川発。廃線と化した旧線の路盤の観察に夢中。基本的に廃線が好きなので仕方がない。風情のある旧線時代に乗りに来たかったと悔しくて仕方がない。今の新線は新幹線にでも乗っているようで、本当に退屈なのだ。そうこうしているうちに列車は清涼里に到着。
                 

                清涼里を出ると漢江に沿った京元線の線路を中央電鉄線の通勤型電車の合間を縫って進む。2回前に記したが、この区間の線路名と列車の運用がややこしいのでこうした表現になる。
                 


                京元線から龍山(ヨンサン)を経ずに京釜線へ連絡するデルタ線の1辺が左手に見えると、まもなく終点の龍山だ。線路に囲まれたデルタ地帯にも民家が建ち、屋根の上に唐辛子が干してある。都会のド真ん中なのにほのぼのとした風景。キムチという食文化が人の生活にしっかりと根付いている証拠だ。
                 


                 


                列車は定刻に龍山に到着。地下鉄線で隣のソウル駅に移動し、地下から発車する空港鉄道線の特急AREXに乗り込む。
                 



                どこかの国のN’EXよろしく車内はガラガラ。窓ガラスが色付きなので車窓は変な色になってしまい面白くない。とにかく島の間を橋を渡って進み、周りは見事な干潟だということはわかった。色が変だけど。
                 



                空港駅は開放的な空間で、空港建設の際にしっかりと組み込まれていた事がわかるまとまったデザイン。
                 




                 

                チェックインを済ませ、出国手続きをする前に昼食を摂る。免税エリアの食事はどこの空港(日本は除く)でも高くつくので、空港内の食堂を探す。が、見つけた安そうなクーポン食堂はハングル表記のみで、安いのだろうに敷居が高すぎて入れず、他言語の併記のある食堂で昼食とした。
                 






                 

                空港内で宮廷衣装を召した皆さんの仮装行列を見たりしているうちにフライトの時刻。
                こうして延べ2038.2キロ(地下鉄線の詳細を除く)に及ぶも、当初の予定より大幅にショートしてしまった韓国1周の旅を終えました。

                文中でも述べましたが、KTX網の延伸によって新線への切り替え工事が進んでいます。昔ながらの路線に乗っておきたい方は早めに訪れたほうがよいかと思います。またこれに伴って列車の運用も変わってくるでしょうから、気になる列車は早めに乗っておかれた方が無難と思われます。

                この韓国の旅では食事に悩まされました。列車での移動ばかりなのでコンビニや駅の売店で食料を買い込んで乗るのですが、当初私は無難であろうという理由からパンを買い込んでいました。食パンにピーナツバターを挟んだサンドパンを買っていたのですが、この食パンがとにかく旨くない。どうやったらこんなにまずく出来るのかというパンだったのです。そこで現地の皆さんが何を買っているのかと注目したのです。すると皆さんは売店などで20センチほどの棒状の何かを買っているのです。中の見えないフィルムに包まれたそれを買ってみると、はたしてキムパッでした。いわゆる韓国海苔巻です。これがすこぶる旨い。どうして今までこれに気付かなかったのかと後悔したのが最終日の京春線の車内。次回訪れる際にはキムパッばかり食べることになるでしょう。

                台風に翻弄されてショートカットを余儀なくされた旅でした。それでもまだ未乗区間は残っています。東京からは沖縄よりも早く行ける隣国。いずれ再び訪れたいと思います。



                次回からは、2013年7月のベトナムというストックがあるのですが、2013年12月に訪れたミャンマーの顛末記をお届けします。

                 


                54号車 韓国1周の旅・12 【京元線・38度線の北へ】

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                  東豆川(トンドゥチョン)駅15時50分発のトングン2769列車で北に向かう。次の逍遥山(ソヨサン)駅までは地下鉄線が乗り入れているので複線。架線の下を気動車が進む。

                  逍遥山駅は対向式ホームの2面2線。新炭里(シンタンリ)に向かう気動車は進行左側の高さの低い列車ホームへ入る。進行右側には地下鉄用の高いホームが見える。



                  逍遥山駅を出ると単線となり、次第に長閑な景色の中を走るようになる。



                  1駅進んで漢灘江を渡ると、河岸の築堤上にある漢灘江(ハンタンガン)駅。この川を渡る手前に南北分断のめやすとされる北緯38度線がある。列車はKORAIL唯一の北緯38度線以北へ進む線路を北上していく。



                  山間の平野部を進み、始発駅から26分、唯一の交換駅の漣川(ヨンチョン)駅に着く。時刻表を見ると1時間に1本の完全なパターンダイヤで、全ての列車がこの漣川駅で交換となっている。





                  漣川駅の構内にはSL時代を偲ばせる給水塔が残っていた。





                  漣川駅から20分、山間が狭くなり、線路が山裾を走り出すようになった頃、終点の新炭里(シンタンリ)駅に到着。









                  何も無い田舎の駅だ。駅前の看板を見ると、ここから北朝鮮との非武装中立地帯を巡るツアーがあるようだ。ツアーに参加する気は無いけれども、この先の線路がどうなっているのかは非常に気になる。少し歩いてみようかと思うも、夏の盛りにこれ以上汗みずくになるのも嫌なので、駅前の商店で飲み物を買って涼んで折り返しの発車を待つことにする。



                  構内には京元(キョンウォン)線の状況を示す看板があった。新炭里の先に鉄道中断点があり、かつて金剛山電気鉄道が分岐していた鉄原駅、その先に休戦線がある事を示している。



                  ホームの北側、この先線路が分断されている方向を望むと何やら工事が行われていた。訪れた時は知る由も無かったがこれは延伸工事だったようで、現在は新炭里の5.6キロ北に「白馬高地」という駅が新設され、現在は京元線の列車の半数が新炭里止まり、半数が白馬高地まで運転されているようだ。



                  したがって、この駅名板も今や過去のもの。



                  新炭里駅は1面2線。左手の駅本屋側の線は機回し・貨物扱い用の側線の模様。北側にかつての貨物用らしき草生したホーム跡があった。





                  24分間の滞在で、折り返しでトングン2774列車となった列車に乗り込んでソウルに戻る。



                  盲腸線に乗りに着ているのだから致し方ないことなのだが、徒労を感じつつも来た道を引き返す。反対側の景色を楽しみながら帰るつもりが、睡魔と格闘しながら逍遥山駅へ。



                  逍遥山駅の列車用の低いホームから、終点の次駅、東豆川に向けて出て行くトングン列車を見送り駅の外へ。



                  近代的な駅舎。しかし駅舎の左手にはしっかりと食堂売店が入っている。



                  右手に写りこんでいる人が身体を伸ばしている事はさて置き、この売店でも茹でたモチキビを売っていたので購入。こんなに素敵な食べ物が、どうして日本じゃ売られていないのか不思議でならない。もしも会社をクビになったらモチキビを売る会社を設立したいくらいだ。そのときはどなたか資本の提供をお願いします。



                  高いホームから発車する地下鉄に乗って、まっすぐ鍾路三街(チョンノサムガ)駅へ。初日に泊まったセファホステルで、最終日にも泊まりたいと申し出たところ満室との返事。近所の宿を紹介してあげるから、当日いらっしゃいと約束していたので、セファホステルに向かう。そうして紹介された「バナナバックパッカーズ」という宿に部屋を取った。





                  うむ。バスタブは無いが出来たばかりの宿のようで綺麗だ。黒い虫が走っていったのは窓が開いていたからで、彼は迷い込んだだけだ。



                  いよいよ明日は帰国の途につかねばならない。今宵は韓国最後の夜。ひとつ豪勢に、とはならず初日に行った焼肉店で今度は牛肉を。結論は、韓国では焼肉は豚に軍配が挙がるようだ。という事だ。


                  さて次回は帰国です。でも離陸までに時間があるので、青春を堪能する事にしました。


                  53号車 韓国1周の旅・11 【京元線・理想的な運転台】

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                    京元(キョンウォン)線は、ソウルの旧称である京城と、北朝鮮の元山(ウォンサン)を結ぶ事から、日本の路線名の付け方よろしく「京元線」を名乗っている。
                    かつては元山まで通じていたが、現在は北緯38度線の先の新炭里(シンタンリ)駅まで。軍事境界線を越えた向こう、北朝鮮内では平康駅から京元線の以北の区間が走っているようだが、実際に走っているかどうかは確認する術が無い。

                    歴史により路線が分断された京元線は、列車の運用上も分断されている。

                    京元線はソウルの隣の龍山(ヨンサン)駅を起点とし、龍山駅から南に向けて発車すると左に大きく曲がり、漢江(ハンガン)に沿ってUターンするように北に進路をとる。そうして清涼里(チョンニャンニ)駅に至るのだが、現在この区間を走る列車は中央線方面の列車、または近郊区間の緩行電車の中央電鉄線で、新炭里方面へ直通する旅客列車は存在しない。
                    また、清涼里〜逍遥山(ソヨサン)間は地下鉄1号線の一部として運用されている。最北部は地下鉄1号線の終点、逍遥山の先からが非電化単線で、一つ手前の東豆川(トンドゥチョン)から新炭里までが気動車で運用されている。

                    江陵(カンヌン)からムグンファ号で清涼里の地上駅に到着するも、先述の理由から京元線の北部方面に行く為には地上駅舎を西側に出て、駅前の地下駅から発着する地下鉄1号線に乗り換える。

                    韓国に着いた初日・2日目に乗った電車の北部区間になる。清涼里駅を出るとすぐに地上に顔を出し、地上駅からきた中央線と並んで回基(フェギ)駅へ。ここから左手に分かれて進路を北にとる。住宅密集地の中を走るので日本の首都圏と同じような景色が続く。



                    郊外に出ると高層住宅が立ち並び、沿線はソウルのベッドタウンであることがわかる。そんな時、ある駅から乗り込んできた中年の男性が、おもむろに口上をうたいあげ、手元のカバンから歯磨き粉を取り出して掲げ、車内を歩き始めた。韓国の地下鉄の名物といわれている車内の物売り屋さんだったのだ。この後もベルト売りなど日常雑貨の小物を売る人、はたまた宗教の勧誘らしき人などがやってきては隣の車両に消えていった。

                    こうした物売りが認められているのか否かは解らないが、KORAILの列車内には現れず、ソウルの地下鉄、思い起こせば釜山の地下鉄にも居たところを見ると、地下鉄に限っては許されているのではないだろうか。街中での引き売りが増え始めた昨今。日本でもこうした商売を認めれば、雇用や消費の拡大に少しはつながるのではないかと思ったりした。



                    しばらく行くと右手の窓外に山が迫ってきた。さして高い山のようには見えないが、岩山のようで所々に岩が露出し、高い木が見当たらないように感じる。しかしながら立派な山容で見ほれてしまい、調べてみると水落山(スラクサン)という山のようで、北漢山、道峰山と合わせて「ソウル三山」と呼ばれているとの由。



                    水落山が見える道峰山(トボンサン)駅で地下鉄7号線と離合。道峰山があるのは反対側の車窓左手。水落山の登山口となる水落山駅は、地下鉄7号線で1駅戻ったところにある。



                    議政府(ウィジョンブ)駅を出ると、左手にソウル郊外線が分岐していく。
                    分岐していくけれども現在は運転休止中。郊外線なれどあまりにも郊外すぎる田舎路線で、利用客が少なすぎて休止しているとの事。いずれ地下鉄線網に組み込まれるという噂もあるので、復活に期待したい。

                    そうこうするうちに東豆川(トンドゥチョン)駅に到着。地下鉄電車を降りて、隣のホームに停まっている気動車に乗り換える。





                    KORAIL内で、いわゆる普通列車である「トングン」列車用の9501系気動車。随分前に触れたが、KORAILでは普通列車が殆ど走っておらず、「トングン」列車に乗れる場所は僅か。トングンに充当される気動車は、この9501系のみで、一部は改造されて「ムグンファ」号用に転じている車両もあるとの事だが、セマウル号用の気動車は厳密には前後にディーゼル機関車を配したプッシュプル編成なので、9501系群が唯一の気動車編成の列車になる。



                    車内は片開き2ドア配置のセミクロスシート。クロスシート部分は転換クロス。



                    運転席の背面ガラスは黒く塗りつぶされていた。何ゆえに塗りつぶしているのだろうか。マニア諸氏からすれば前面展望が見えないとお嘆きになるだろうが、安全面から施した策だと信じたい。

                    個人的な意見だが、乗務員、特に運転士からすればコレほど運転に集中できる環境は無いのだ。むしろ背面はガラスなどで仕切らずに全面壁であるのが理想である。
                    運転士気分を味わえるので子供たちには人気の場所だが、大きなお友達が来たときには、運転への集中を阻害される事がままある。純粋に全面展望を楽しんでいただいているならば結構なのだが、運転士の一挙手一投足をチェックするタイプの人が居る。背後から半ば「監視」を受けながら作業をする事にどれだけのストレスを感じるか、集中力を欠くか、皆さんも何かしらの形で経験した事があると思う。
                    場合によっては写真を撮ったり、ビデオを回している人もいる。全面展望を撮っているなら気にはならないが、乗務員込みで撮影されるとストレスは倍増する。撮影されても昔は大してストレスは感じなかったが、昨今は簡単にウェブ上にアップされてしまうから気が気でない。

                    撮影されるこちらも生身の人間だ。仕事中に鼻の先や背中が痒くなったり、あくびが出たりする。それらを我慢するよりも、僅かの間で済むものならば対処したほうが仕事に集中できるという事は解っていただけると思う。

                    しかし、その一瞬だけを切り取って「怠慢だ」として、ウェブ上で公開処刑をするような人が存在する。

                    それが怖くて我慢をして安全が蔑ろになってしまっては本末転倒だ。だから意を決して仕事に臨まなければならない。仕事だと割り切らなければならない。そうしてストレスは積み重なる。

                    YouTubeなどを検索すると悪意が感じられる投稿が散見される。理想の運転士像と違うからと晒しあげるのではなく、理想の運転士像を自身で具現化するために、その情熱を費やして欲しい。

                    話は大幅に脱線してしまいましたが、私が日本の鉄道に興味を失い、アジアの列車ばかり乗るようになったのも、鉄道で仕事をする人々が、みんな笑顔で朗らかに、活き活きと仕事をしている姿に数多く触れたからかも知れません。
                    定時で到着すれば奇跡だと思い、遅れても無事に到着したじゃないかと笑い飛ばす。ゆったりと流れる時間とゆったりと働く人々。今を生きるとは本来はこういう事じゃないのかと。
                    世界一と言われる日本の鉄道。しかしそこでの働きがいは、果たして世界一なのか最近疑問を感じているのです。

                    鉄道ファンが増える事に意義は唱えませんが、罵声大会のニュースなどを見るにつけ、本来はもっと紳士的な趣味だったはずなのに。と悲しくなったりしています。

                    理想の運転台で運転に集中している運転士に身を委ねられる安心感に浸りながら、京元線の北端に向かいました。

                    52号車 韓国1周の旅・10 【太白線〜再びソウル】

                    0

                      今回の記事がアップされている時刻には、先月に引き続きまたしても台湾にいる予定です。我ながらどうかしていると思いますが、サトウキビ列車を見たりしてニコニコしている事でしょう。

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                      ぼんやりと車窓を眺めていると眠くなってしまう。これは致しかたないことだ。なぜならば退屈だからだ。



                      車窓が退屈なのではない。「1度乗った路線を引き返している」という意識が無意識下にあるので、根詰めて見なくても良いではないかという無意識の意識が働いているので怠惰になり退屈なのだ。
                      KORAILが標準軌で、客車列車だというのもよろしくない。安定しており揺れが少なく、客車ゆえに走行音も静かだ。「安心して寝てよろしい」という条件が整っている。

                      そうこうしているうちにも列車はしっかりと走り、道渓(トゲ)駅に到着。



                      峠の入口の駅が道渓(トゲ)という韻の駅名だということは、偶然なのかしらと思いつつも、昨日も通った新線のループトンネルに入る。出来たばかりの16.2キロにも及ぶ最長のソラントンネル内は勿論熟睡。暗くなれば眠るのは人類が誕生して以来の道理なので致し方ない。



                      起きると列車は太白(テベク)線に入り、デルタ線の一角をなす休止駅、文曲(ムンゴッ)駅に入っていた。

                      この先は更に急峻な山岳地帯に入る。是非とも見ておきたい。太白(テベク)駅を出ると更に高度を稼いで行く。





                      そして標高852mの最高地点、杻田(チョンジュン)駅を通過。現在は休止駅なので旅客扱いは無い。この先でソラントンネルが出来る以前まで最長トンネルだった4.5キロの浄岩(チョンアム)トンネルに入るのだが、どうにも寝心地の良い車両で困りものだ。

                      ミドゥンサン駅の太白側で分岐する旌全(チョンソン)線の線路が、ミドゥンサン駅の先で川の対岸に現れ、アウラジ駅を目指して山間に消えていったのも、夢うつつの状態ながら覚えている。





                      目を覚ますと山肌の随分と高いところを張り付くように列車は走っていた。山の稜線が見えるような位置を、線路を左右に振りながら勾配を稼いで進んでいく。山肌にはキャベツなどの畑が広がり、こんなに急な斜面を耕作するのは大変だろうな、高原野菜はこうした場所で作られるのだなと感心していると、サミットを迎えたようで列車は下り始めた。まるで登山鉄道のような状況で、30.3‰という最高勾配区間だというのが実感できる。

                      左手に見える谷は深く、対岸の谷底には咸白線が見えた。鳥洞(チョドン)信号所〜禮美(イェミ)駅間を太白線と平行して走る、本線経由より3キロ長い別線区間で、途中に石炭積み出し駅の咸白駅がある。貨物駅なので駅の記載は無い。旅客列車が咸白線を経由する事があるのかは時刻表上からは解らないが、列車の行違いの為に複線区間と見なして使われているのではないかと思う。

                      とりあえず見ておきたい場所で起きられた事は満足だ。



                      列車は次第に高度を下げて禮美駅で別線と合流、2つ先の休止駅の蓮下(ヨナ)で、1日2往復しかない旌全線に入るアウラジ行のムグンファ号と交換した。





                      堤川(チェチョン)駅からは昨日栄州まで北上してきた中央(チュンアン)線に入る。時刻は正午前。そういえばこの列車には食堂車がついている。アテンダントが弁当らしきを客席にデリバリーしているので、弁当が買えるかもしれないと行ってみた。







                      そういえばKORAILでは食堂車は廃止されていたのだった。つながれていたのはスナックカーで、売店コーナーを真ん中に、ゲーム機やネット用PCなどが並ぶスペースと、喫茶用のカウンターに分かれていた。

                      先ほどデリバリーしていた弁当は無いとの事で、レンジアップのレトルト弁当を買ってきた。「とても辛いけど大丈夫か?」と言われたが、これしかないのだから仕方が無い。40000ウォン。そしてとんでもなく辛かった。



                      辛さで吹き出た滂沱の汗を拭いていると、危急を知らせる汽笛と共に非常ブレーキがかかった。

                      もしや、やったのか?
                      南無三っ!

                      と思って事態の推移に注意していると、停車する前にブレーキが緩んだので危機は脱した事が解った。



                      窓外を確認していると、路盤のある築堤から畑の中の道に降りていく人が見えた。先ほどの一連の事態は、あの人が線路を横断していた事が原因のようだ。旅先の異国で人身事故に巻き込まれたくは無い。仮に巻き込まれたとして、言葉が出来ないが故に手伝いに行けないもどかしさがある。
                      乗客として人身事故の当該列車に乗っていた事は未だ無いので、このまま生涯遭遇しない事を願うばかりだ。



                      危機を脱してまもなく原州(ウォンジュ)駅に到着。到着の案内放送が 「 Won't you 」に聞こえて面白かったのは気のせいだ。

                      腹もくちて、危機を回避した安心感が招くもの、そう眠気だ。

                      朦朧としたまま窓外を眺めているうちに、気付けば列車はソウル近郊に入っていた。近郊電車に混ざって走り始めてまもなく、ソウルの北の玄関口、終点の清涼里(チョンニャンニ)駅に到着。2分ほど遅れて13:53だった。





                      台風の影響で、当初の予定からは大幅な変更を余儀なくされたが、無事に韓国1周を終えてソウルに再び帰ってきた。
                      しかし時刻は14時。日没までには時間がある。電車バカは観光などしない。そこに未乗の線路があれば、そちらに乗ることが先決だ。

                      ということで、京元(キョンウォン)線に乗って、営業線としては最北端の新炭里(シンタンリ)駅に向かうことにした。




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                      齋藤彦四郎
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