42号車 マレー半島縦断の旅・15 【帰国&切符の買い方】

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    2011年2月20日、2週間にわたる旅行も最終日となりました。

    ホテルは朝食付だったので、1階のレストランで食券を渡し、メニューの中からホッケンミー(福建麺)のドライタイプを選択。



    これが見てくれはたいしたことがない麺なれど、帰国してからも思い出してしまって、だけど何処へ行けば食べられるのやら困ってしまうほどの美味さの麺。次にマレーシアに行く機会があれば、ホッケンミーを食べ歩く事でしょう。帰国する日の朝に知るなんて、残酷な出会いでした。



    昨夜の賑わいの痕跡が路上に散乱するアロー通りを後にして、空港へ向かいます。









    モノレールに乗ってKLセントラル駅へ。真正面に見えている建物が鉄道駅。

         

         

    往路と同じく、KLIAトランジット、空港特急列車とLCCTまでのバスとのセット券を購入。



    KLIAのひとつ手前、サラック・ティンギ駅で下車して連絡バスに乗り換えます。



    空港の出発カウンターも簡素な作り。



    出発のインフォメーションボードはエアアジアしかありません。見事なまでに専用ターミナルです。おおるりグループのこまどり交通みたいです。



    出発ロビーには免税店もしっかりと用意されており、薬局やコンビニエンスストアもありました。





    ロビー内はフリーのWifiが利用できました。
    出発時刻になるとゲートが開き、徒歩にて飛行機に向かいます。





    羽田にもタラップで到着。

    マレーシア国鉄に1680.5キロ、タイ国鉄に1939.5キロ、延べ3620キロに乗ったことになります。クアラルンプール、シンガポール、バンコク市街の近郊列車の乗車キロは含めていませんが、よくもまあ乗ったものだと我ながら感心します。

    こうしてマレー半島縦断の旅は無事に終了しました。

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    さて、ここまでマレー鉄道やらマレーシア国鉄と表記してきましたが、実際には民営化された「マレーシア鉄道公社」といいます。民営化後に政府が経営権を再取得しているので、やはり国鉄と言っても間違いないのかもしれません。

    マレー鉄道の切符は公社のホームページから予約・購入できます。

    この旅の際には公社・KTM(Keretapi Tanah Melayu)のホームページから時刻表を拾い、チケットもWEB上で予約しました。

    http://www.ktmb.com.my/

    現在は日本語表示にも対応しているようです。私がチケットを予約した際には、ちょうどダイヤ改正があった直後のようで、システムの改修が間に合っておらず、メールのやり取りでのチケット予約でした。

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    7月の下旬からベトナムの統一鉄道に乗りに行ってきたのですが、その際に台湾のチャイナエアラインを利用しました。チャイナエアラインですと台北での乗り継ぎになるのですが、故にオープンジョーのチケットを簡単に、しかも安く作る事が出来るのです。

    往路 成田〜台北乗継〜ホーチミン
    復路 ハノイ〜台北乗継〜成田

    直行便で 成田〜ホーチミン ハノイ〜成田 のオープンジョーチケットを作ると高くつきます。そもそも直行便は高いのです。

    もしもマレー鉄道に乗りに行くのであれば、私のような奇特な乗り方をせずに片道でという方がほとんどでしょうから、チャイナエアラインの台北乗継でのオープンジョーチケットの作成をオススメします。

    台北乗継でバンコクに降りて、マレー鉄道で南下。シンガポールから台北乗継で帰国といった航空券が簡単に作れるはずです。

    また、台北では24時間以内の乗継であれば入国税を払わずに入国できるシステムを利用して、台湾観光も出来てしまいます。
    7月のベトナム旅行の帰路には、台北15:10着、翌日14:40発という、23時間30分の乗継を作成して、御飯を食べに台北に繰り出し、台北駅そばの安宿で1泊してきました。

    東南アジア方面への旅はチャイナエアラインが本当にオススメです。

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    次回からは2012年8月に行った、韓国1周の旅をお届けします。

    41号車 マレー半島縦断の旅・14 【再びクアラルンプール】

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      早朝のKLセントラル駅。駅前の喫煙所のベンチに腰掛けて、ゆっくりと一服をして宿を目指します。

      目指す宿はブキッ・ビンタン地区。クアラルンプールの中心街です。
      KLセントラル駅からLRTのクラナ・ジャヤ線でマスジット・ジャメ駅へ。アンパン線に乗り換えてHang Tuah駅へ。モノレールに乗り換えてブキッ・ビンタン駅に到着。



      日本風に言うと「星ヶ丘」という意味のブキッ・ビンタン。写真中央に見える緑色のビルは「Lot10」というショッピングビルで、この地区を代表する、オサレスポット。そこから少し歩いたアロー通りに向かいます。



      朝のアロー通り。よく見ると路面はゴミだらけ。その理由は夕刻に明らかになります。

           

      目星をつけていたシーズンズビューホテルへ。安い部屋は埋まっており、130RMの部屋へ。



           



      初めて泊まる窓の無い部屋。シャワールームは広かったものの、冷蔵庫の製氷機の積年の霜に驚愕。

      とにかく眠いので少し寝る事に。

      窓の無い部屋なので時間感覚が狂いつつも昼前に起床して、市内見物に。



      ブキッ・ビンタン駅からモノレールでKLセントラル駅へ。今朝はどうしてこのルートで来なかったのかというと、モノレールのKLセントラル駅は鉄道駅から少し離れた所にあり、場所の見当がつかなかったからなのです。歩くのが面倒なのでLRTで移動した次第。



      明日の空港までのルートの検討を兼ねて、モノレールで移動し、鉄道のKLセントラル駅へ歩いてみました。路面の工事箇所が多くて歩きづらいものの、鉄道駅まではすんなり移動できました。



      鉄道駅のバスターミナルには、LCCターミナルへの直行バスが頻繁に出ていました。エアアジアの直営バスよりも、他社のバスのほうが少し安い設定で運行していました。

      KLセントラル駅の上階ホームから出るLRTに乗ってパサール・スニ駅を目指します。

      第三軌条方式なので、「感電するから線路に降りるな」の注意喚起の看板が目立ちます。







      LRTは10RM札にも描かれていました。



      往路に食べた亀ゼリーを再び食べに中華街へ。

      マスジット・ジャメ駅へ移動して、マスジット・ジャメの見学に。



      市内最古といわれるイスラム寺院のマスジット・ジャメ。門をくぐると服装のチェックがあります。半袖短パンの自分は手招きされて、貸し服に着替えるようにと指導されましたが、この場所からの撮影だけで参拝はしないと伝えて許可してもらいました。







      アンパン線とモノレールに乗ってブキッ・ビンタン駅に戻り、Lot10へ。



      Lot10の中は洒落たショッピングセンターになっており、スーパーで土産を買い付けました。フードコートなどもあるので、暑くて外を歩き回りたくない時にはオススメのスポットです。





      宿の前のアロー通りは、夜の営業に向けて露店が迫り出し始めていました。

      そして夜を迎えたアロー通りは遂に路上をテーブルが占拠しました。









      それでも道路は歩行者天国になるわけではなく、車もバイクも入ってきます。隙間を見つけて路上駐車をして食事をする人も。



      夕食はお気に入りの肉骨茶(バクテー)。シンガポールで食べたものとは異なり、揚げた湯葉が上にのり、具にはキノコなども入っていました。

      この活気と喧騒に包まれた路上に面したホテル。しかし、窓無しの部屋に戻ると音は全く聞こえてきません。窓無しの部屋で正解だったと思いつつ床に就きました。


      40号車 マレー半島縦断の旅・13 【クアラルンプール行 国際列車】

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        SL21列車こと「SENANDUNG LANGKAWI」号、KLセントラル行の国際列車は、タイ時刻で16時、マレーシア時刻で17時ちょうどに、ハジャイ駅を4両編成で発車しました。
        (※乗車当時、この列車はタイ国鉄の時刻表には載っていませんでした。2013年8月現在はEL7列車として記載されていますが、この区間に乗る際にはマレーシア国鉄の時刻表も併せて調べる事をオススメします。)



        ハジャイ駅を発車したところで、往路に乗車したスンガイ・コーロック発バンコク行の快速172列車と思われる列車とすれ違いました。乗車したSL21列車は、西海岸を目指して右に分岐するパダン・ブサール線を進みます。



        乗り込んだ寝台車には、他に欧米人の夫婦が数組だけ。座席車にも幾人か乗車しているようです。

        発車後しばらくして乗務員さんが両替にやってきました。先ほどの駅のホームに寝ていた子のお母さんです。手持ちの残り1270バーツが127リンギットに。等価両替ですから儲けは出ません。マレーシア国鉄のサービスなのでしょうか?







        列車は内陸に入り、ゴム林の中を進む。
        時計を1時間進めてマレーシア時刻に合わせる。今日が1時間短くなった。

        景色も代わり映えが無く、眠気が出てきた頃、17:45、パダン・ブサール(PADANG BESAR)駅に到着。



        国境の駅なので全員が荷物を持って降ろされる。乗客を降ろした列車は、マレーシア方向に走り去って行った。乗客をイミグレーションに通す為の引き上げなのだろうか。

        1面2線のパダン・ブサール駅。上の写真の左側を見て分かるように、2面4線にすべく工事が行われていた。駅の増強なのか入出国のホームを分ける為なのかは不明。

        イミグレーションオフィスはホーム上の建物内にありました。
        タイの出国はスタンプを押してもらうだけ。
        続いてマレーシアへの入国手続きの徒列に並んで順番を待ちながら、ある不安にとらわれます。

        往路にて、マレーシアからタイに入国する際の国境、ランタウ・パンジャン~スンガイ・コーロクのイミグレーションで、パスポート上に不可思議な時系列のスタンプを作ってしまっていたからです。(詳細はこちらを参照下さい。→http://hiko4rou.jugem.jp/?eid=41)

        手続きの順番が回ってきました。パスポートを預けて荷物を検査台に載せます。荷物の中身を確認してもらおうとバッグのジッパーに手をかけると、「開ける必要は無い」と制止されました。すぐにスタンプが押され、手続きが終了。

        日本のパスポートの威力というか、日本人で悪さを働く奴がいないと思われているのか。係員はパスポートではなく挙動を見ているのだと云われますが、心配は杞憂に終わり、あっさりとマレーシアに入国しました。

        再びホームに戻ります。ここまでの手続きの中で、この駅で入出国手続きがあるという事を知らなければ、そのままマレーシアに入国してしまう人がいるのではないかとの疑念がわきました。

        駅はマレーシア領内にあるようで、この駅から乗車するマレーシアの人々も同じホームで列車を待っています。越境する人と自国の人の住み分けがなされていないようで、不思議な感覚に陥りました。



        再び列車が入ってくるまで、行くあてもないのでホームで列車を待ちます。乗車中のSL21列車の詳細な時刻表が貼ってあったので、資料として撮影。国鉄のHPから引っ張ってきた時刻表は主要駅時刻しか載っていなかったので、実はかなり多くの駅に停車する事がわかりました。

             

        しばらくしてSL21列車が再入線してきました。





        引き上げている間に前に9両も増結されて出てきました。ここパダン・ブサール駅からは、国内の主要列車として運転されるようです。

        呪文でいうと以下の通り。
         機・ハネ・ハネ・ハネ・ロネ・シ・ハザ・ハザ・ハザ・ハザ・ハザ・ハネ・電源

        しかし号車の表記でいうと、
         機・S1・S2・S3・T1・シ・R1・R2・Q1・Q2・U1・V1・電源

        という形で、自分の乗る車両が何処にあるのか探すのに苦労します。2等車の中でも冷房の有無で車両が異なるので、運用の都合上の号車表記でこうなってしまうのかもしれませんね。

        一番後ろのV1号車に再び乗り込んで、パダン・ブサール駅に45分間停車したSL1列車は、18:30、定刻通りに発車しました。





        再び走り出した列車の車窓には、目立った変化はありませんが、マレーシア国鉄は路盤の強化工事を行っているようで、進行左側には新しい路盤となる工事中の盛土がずっと続いています。
        既にクアラルンプールを中心に南北に少しずつ電化区間を伸ばし、速達性を向上させているマレーシア国鉄。この盛土の上に出来る新線は電化された複線になるでしょうから、その時には国内移動の時間的概念が大きく変わる事でしょう。



        タイの南部と同じく、平野部にポッコリとした岩山が時折忽然と現れます。







        稲刈後の晩秋の日本のような風景を見ているうちに昼寝をしてしまいました。



        暗くなってから目覚めてしばらくすると、ブキッ・ムルタジャム(BUKIT MERTAJAM)駅に着きました。随分長く停車しているのでホームに降りてみました。





        すると編成の前後が入れ替わっています。そういえばこの駅でスイッチバックするのでした。

        パダン・ブサールからここまでのケダ線は、ブキッ・ムルタジャム駅の南側に回り込んで接続しています。故にペナン島への玄関駅、バターワースへ向かうには便利なのですが、クアラルンプール方面へはスイッチバックが必要になるのです。東海岸線のパシール・マスでの分岐のように、隣国と陸続きの線路ですから、容易に首都に乗り込めないように、あえてこうした配線を組んでいるのだろうかと考えてしまいます。

        ブキッ・ムルタジャムを定刻から22分遅れの22:34に発車。昼寝が効いてしまって今度はなかなか寝付けません。

        列車の行違いで停車した駅で外を見ると見事な満月。月明かりに照らされた草叢で景気よく鳴いている蛙の声を楽しんだりしながら、まもなく日本に帰るのだなあ、などと考えていました。

        うつらうつらと寝たり起きたりを繰り返すうちに人の動きで目を覚ますとイポー(IPOH)駅でした。







        マレー鉄道で一番美しいといわれる駅舎で、駅舎内にホテルが併設されています。僅かな停車時間でしたから駅舎をじっくりと見ることは叶いませんでしたが、コロニアル建築の駅舎をホームから少しだけ見ることが出来ました。イポー駅は定刻の2:17から15分ほど遅れての発車。

        まんじりともしないまま刻々と時間だけが過ぎてゆき、終点のKLセントラル駅に10分遅れの5:40に到着。2時間くらい遅れるだろうと踏んでいたので、早朝の到着に寄る辺無し。





        1等車の寝台個室を覗いてみたのでアップしておきます。

             



        洗面台とテレビ付の2人用個室。寝台にカーテンは無く、知らない人と同室になったら疲れてしまいそうな作りでした。

        さて、猛烈な寝不足です。早めに宿をおさえて朝寝をしたいと思います。


        36号車 マレー半島縦断の旅・9 【国境の橋】

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          オッサンと分かれ、カートザックを引きずって歩き出しました。

          今いる位置からだとイミグレーションは東の方向。車で来た道を戻れば良いのですが、暑いからと最短ルートで歩こうと動き出したのが裏目に出ました。

          南に向けて歩き出し最初の角を東に。真正面にイミグレーションの建物の屋根が見えました。方角はドンピシャだと思って進むと、道路の舗装が途切れて道は畑の中の農道に。農道の先には林が見えており、進んでもイミグレーションには辿り着かないと判断して、北に向かう舗装道路に進路を切り替えました。しかし商店街の裏手の寂しい場所に進み、表通りに出られる気配はありません。
          これはダメだと表通りに抜けられそうな砂利の路地をカートを担いで進みます。暑い中荷物を持っての移動。

          滝のように吹き出る汗。灼熱の太陽光線は体力を奪います。そして遂にビーチサンダルが足の甲に当たり、ビーチサンダル擦れが発生しました。

          表通りに出て、歩道に座り込んで擦れて水膨れが出来てしまった右足の甲に絆創膏を貼りました。左足は未だ大丈夫そうです。
          絆創膏を貼ってもどうせ剥がれてくるし、糊材がはみ出してベタベタになるのは目に見えているのですけれど、痛みを和らげるクッションとして気休めに貼ったのです。旅に出る度に「靴擦れ」に悩まされます。そこで現地でサンダルを購入して対策とするのですが、今度はサンダル擦れに悩まされるのです。いつもは便所サンダルなので、今回はクアラルンプールでビーチサンダルを購入したのですが、ここへ来て遂に「擦れ」が発生しました。日本ではほとんど靴擦れは出来ないのですが、一体どうしたものでしょうか。歩きすぎなのでしょうか。

          応急処置を施して、気を取り直して出発。
          100mも歩くとイミグレーションの建物に到着しました。
           


          マレーシアとタイの国境には小さな川が流れていて、その上に架かる橋が国をつなぐボーダーになっています。その橋の延長線上にマレーシアのイミグレーションの建物が建っています。橋のたもとの上流側にも出国のみの小さな建物があり、白タクによって上流側に降ろされた私が到着したのはこちらの建物でした。
          一般の道路上に高速道路の料金所の様に建物があり、タイに出国する車は左のレーンに進んでチェックを受ける構造になっていました。

          カートを引いて建物に到着すると、係官に声をかけられました。出国手続きだろうとパスポートを提示しても要領を得ません。
          「タイに行くのか?」と聞かれたので、そうですと答えると「じゃぁ、このまま進んで行って」と、橋へと続く道を進むように言われました。

          シンガポールからマレーシアへの入国に際して、鉄路であるが故の変則的な入国だったので、私のパスポートには「入国印」がありません。入出国カードに押印されたスタンプと切符が入国の証明になるのですが、ガイドブックによると、この入国方法が故に出国時に係官と揉めることがあるので注意せよと書かれていましたので、気を入れてこのランタウ・パンジャンのイミグレーションに臨んでいます。

          20mも歩かずに橋のたもとに出ました。右側100mほどの所にイミグレーションの本館が見えます。脇道的な所から入ってきたので、本館に寄らなくてならないのでしょうか?でも暑くて無駄に歩きたくありません。
          橋のたもとに両方向からくる車を整理しているオジサンがいたので訪ねると、「タイはアッチだ」と橋を進めと指さします。マレーシアのアーチをくぐって橋を渡ります。



          よく解らないので行くしかありません。全長100mほどの橋を渡りながら、東側に併走するように架かる鉄道橋を写真に収めます。





          今書きながら写真を確認すると、線路橋のマレーシア側(右側)に水色の鉄柵があるのが確認できます。最近設置されたという鉄柵。この橋を旅客列車が毎日走るようになる日は来るのでしょうか。
          そして、休業状態の「ランタウ・パンジャン駅」に立ち寄ることを全く忘れていた事を今になって気づいて悔やんでいます。





          橋のタイ側の下流側のたもとに小屋があり、人が群れています。向こうに大きなゲートが見えていますが、この小屋がイミグレーションのようです。

          「出発」「到着」に分かれてそれぞれ4つの窓口が並んでいます。

          さて、ここで疑問です。私は未だマレーシアの出国手続きをしていません。なので「出発」の窓口に並ぼうと歩を進めたのですが、何か様子が違います。良く見るとタイのイミグレーションのようです。隣のブースではタイの入国カードを配っています。

          タイの入国カードに記入し「到着」の窓口に並びました。マレーシアの入国ならびに出国印の無いパスポートを手に、マレーシアの入出国カードとタイの入出国カードを挟んで恐る恐る提出しました。すると、マレーシアのカードは付き返され、スンガイ・コーロクの入国スタンプが押されてパスポートが返ってきました。陸路入国なので入国印の上に「15日」と、ビザ無しでの陸路入国の期限の印が押されていました。

          シンガポールの出国の次はタイのスンガイ・コーロクから入国。
          どうやってここまで来たの?ワープでもしたの?
          というパスポート上の入出国記録が誕生しました。


          マレーシアは入国も出国も、とてもアバウトなのですなぁ。そしてタイも負けてないなぁ。

          さて、イミグレーションを出ると橋のたもとにバイクタクシーのオッサン達が待ち受けています。ここからスンガイ・コーロク駅までは約1キロ。
          当初からバイクタクシーのお世話になる事は決めていたので早速交渉です。聞けば40バーツとの事。ちょっと高いですが交渉を行なう気力もありません。
          さっさと駅に向かって両替をして切符を取って飯食ってシャワーを浴びてと、頭の中は次の行動と欲求でいっぱいなので、40バーツで了承しました。

          バイクが動き出すと、タイのゲートに向かいます。橋の上からの写真の奥に写っている白い大きな建物です。ここで手荷物検査かしらと思っていたのですが、車は止められていましたがバイクはスルーでした。

          ここも密輸し放題じゃなかろうかと思います。マイペンライにもほどがあります。近隣の人々の往来の活発な陸路のボーダーですからアバウトなのは解かりますが、ここのボーダーはうっかりしてれば「料金所みたいなのがあるけど、この橋は有料道路なの?えっ、人はタダでいいの?ああそう。」と思いながら、国境である事を知らずに通り過ぎてしまいそうな雰囲気です。

          余談ですが、先日、テレビでこのボーダーへ向けてのバスの旅が放映されており、懐かしいなぁと興味深く見ていましたら、地元の皆さんはボーダーの橋よりも少し上流にある渡し舟で国境を越えていらっしゃいました。渡し舟ではパスポートのチェックが無いようです。
          のっぴきならない理由でパスポートをお持ちでない方は、然るべき手筈を踏めば渡し舟に乗せてもらえるかもしれませんね。

          さて、バイクはあっという間にスンガイ・コーロク駅のロータリーに到着しました。ここからタイ国鉄、車中2泊でチェンマイに向けてのスタートです。


          35号車 マレー半島縦断の旅・8 【白タク狂騒曲】

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            オッサンの言うとおり、確かに自分はミステイクをしていた。しかし、駅を乗り過ごしたという事ではなく、たった2台しかいないタクシーを逃してしまったという事だ。

            交渉がまとまり、オッサンの車に向かいました。オンボロの三菱ギャランのラムダかシグマ。自分も三菱の車に乗っているよと言うと、これはプロトン製だと言う。三菱のノックダウンメーカー製で、もう20年以上乗っているとのこと。道が悪いので痛みが早いのでしょう。日本で20年以上の車はいくらでも走っていますが、ここまでオンボロの車にはまずお目にかかれません。ドアはドアロックを引き上げながらドアノブを引かないと開きません。よって、窓は常に全開です。下車の際は車内のドアノブがバカになっているので、前記の要領で窓から腕を出して開けなければなのでコツが要りました。もちろんマフラーは触媒が御臨終のようでナチュラルにヤンキー仕様です。



            タバコがきれたので途中で買える所に寄って欲しいとお願いし、オッサンとのドライブがスタートしました。

            走り始めるとランタウ・パンジャンとは異なる方向へ。タバコを買える所に向かっているのでしょう。「トゥンパッは小さい町だ。」うん、それは駅前を見て良く解ったから、さっさとランタウ・パンジャンに向かって欲しい。

            「年齢は幾つだ?結婚してるのか?うちは子供が10人だ!」そんな話をはじめてまもなく、みっちり路駐された道路の空きスペースを探して車は停まりました。

                 

            「ファーマシー」

            薬局が何だ?タバコは薬局にあるのか?一緒に降りて薬局に行きましたがタバコは置いていません。
            オッサンの買い物に立ち寄ったようです。仕方なく薬局を出て周囲の店を覗きましたが、どこもタバコ置いていないようです。
            車に戻ってきたオッサン。いよいよ出発かと思いきや、屋台で飯を買いはじめました。朝飯だそうです。

            うん、だから早くランタウ・パンジャンに向かってくれよ!
            やっとの事で動き出した車は、国境の方角に向きを変えたかと思うまもなく路地に折れて行きました。

            「マイハウス」



            何だ何だ、突然ウルルン滞在記か?

            「女房に朝飯を届けてくるから待っててね」

            はいはい。いやはや国境は遠いですなぁ。

            戻ってきたオッサン曰く、女房は未だ寝てたとのこと。
            そりゃ10人も子供がいれば疲れるでしょ。と答えておきました。そして自分はハーブが大好きなんだ。と言って、様々な乾燥した葉の入った袋を取り出しました。

            すわっ、オッサンはプッシャーか?と思ったのですが、これはあの葉、これは何々と庭木を指差します。いけない葉ではないようなので一安心です。



            いよいよ、やっと、遂にランタウ・パンジャンに向けてスタートです。

            少し走るとオッサンはタバコの件をやっと思い出したようです。町外れの交差点にある小さな雑貨屋さんの前で停車。従って選択肢は僅かです。タバコはついでに売っている、近所の人が吸う銘柄だけね。といったラインナップ。仕方なしにキャメルを購入。
            町中だったら選択肢がもっとあったろうに…。奥さんに頼まれた薬と飯で頭が一杯だったのだねオッサン…。


            さて、乗ったときからオッサンは、「この近辺には5つブッティストの寺があるけど行かないか」と勧めてきます。折角なのに観光しないのが不思議なようです。僕はとにかくスンガイコーロクに行って、バンコクまでの切符を手に入れてからゆっくりしたい。と言っているのですが、全く通じていないようです。

            しかし、時間が無いわけでもありません。オッサンの言葉の中に、「スリーピング・ブッダ」なる言葉が出てきたのを聞き、そこだけは道中なので寄りたいとお願いしました。







            で、そのワット・ポティヴィハンというお寺の涅槃仏。身長41.2mの、でっかい御方が寝ていらっしゃいます。
            暑いので日陰で休んでいらっしゃいました。たぶん犬とかと一緒で夜になると動き出すに違いありません。イスラム圏であるこの地ですから、仏教徒達の作った秘密兵器だと睨んでいます。

            とにかく暑いので写真を撮って終わり。車にはエアコンなんて付いていませんが、走っていれば風があるので幾分マシなのです。また、涅槃仏に追いかけられても逃げ切れるように、夜になるまでに出来るだけ遠くに進んでおかなきゃなので急ぎます。
             


            「ここらは何処に行ってもジャングルしかないんだ。日本にジャングルはあるか」

            ここが日本だったら、とっくに住宅地になってますなあ。車はジャングルとゴム林の中を進みます。ゴム林って、なんか凄い響きだすな。

            自分はムスリムであること、日本にはムスリムは居るのか?
            交換留学生を何人か受け入れたことがあること。
            ここではダメだけど、国境の向こうのタイへ行けばとても若い女の子とムフフな事が出来る事など、10人の子を持つ愛妻家からそんな言葉は聞きたくなかったよという話までしながら車はゴム林を進みます。

            とにかく何も無いところなので車は快調に飛ばします。時速何キロくらいかは勿論解かりません。メーターがぶっ壊れて動いてないからです。

            11時半過ぎ、イミグレーションの建物が見えてきました。建物の前で降ろしてくれるかと思いきやイミグレーションの側道を左に進んで行きます。「駐車出来る所が無いんだ」との事。

            すると、バイクタクシーが併走してきてオッサンに声をかけました。ははーん、そういうことです。

            初めて徒歩で国境を越えられるのだから、絶対に歩いて行く。

            ようやっと見つかった場所で停めて下車。バイクタクシーは丁重にお断りしました。

            ここでやっと互いの自己紹介。でもオッサンの名前は忘れました。全ては暑いのがいけないのです。
            寝仏陀も見れたので、約束の50RMと1RM札が3枚ほどあったので、53RMお支払いし、握手をして別れました。

            ところで書いて気づいたけど、青森のねぶた、弘前のねぷたって、寝仏陀から来てるんじゃね?

            さて、イミグレーションからはちょっと遠いところに降ろされてしまいました。
            「歩いて国境を越える」という己で打ち立てた目標。バイクタクシーの誘惑に負けないために、ジリジリとした強い日差しと目眩がしそうな暑さの中、ランタウパンジャンのボーダーを目指して歩き始めました。


            34号車 マレー半島縦断の旅・7 【TUMPAT 国境の町へ】

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              東海岸に向けての走る夜行列車。比較的早く寝付いたのですが、夜も遅くまで車内販売のワゴンがダッシンダッシンと行き来をしていて幾度か起こされたりしていました。 
              しかしながら、愛想の良い少年達が一所懸命に揺れる車内を回り、何よりも、どうやって渡ってきたのだろうという連結部の板を超えて売りに来ているので、その音も次第に嫌ではなくなりました。

              朝、停車のショックで目覚めると山間の駅。上りの列車と交換です。3両編成の短い列車は、昨日見た工事用発電機を載せた電源車でした。TUMPAT駅を3:50に発車するJERANTUT行の普通列車のようです。



              ジャングルの中は霧に覆われていました。湿度が成すものか、高度がなすものか判然としませんでしたが、多くの木々の呼気が起こした霧だと思いました。



              この路線は天然ゴムを輸送する為に敷設されたもので、貨物輸送を主目的の作られたので、東海岸線といいつつも、GEMAS駅からTUMPAT駅まで全く海岸沿いを走りません。東海岸側に抜けるだけの線で、ジャングルに覆われた山間部を横断する路線なのです。北海道の名物番組、「水曜どうでしょう」で名の知れた「タマンヌガラ国立公園」を横切る路線なのですが夜中に抜けたために全く解かりませんでした。無論寝ていたので。起きていても漆黒の闇に包まれ何も見えないでしょうけども。

              通称「ジャングルトレイン」を楽しむならばシンガポール4:30発の列車に乗れば良いのですが、「そんな朝早くに起きれるかバカ野郎!」という高尚な理由で今回は見送りました。

              さて時刻は7:26。DABONG駅に到着しました。予定より1時間と少し遅れています。身体や尻や態度とか何かとデカイ白い人たちが、ザックを背負って降りていきます。寝起きで登山でしょうか。ヒーハー言いながらネイチャーをアメージングするのでしょうね。





              8:24、KRAI駅に到着。1分の停車で発車したのですが、後ろに進みます。1編成分後退して再び前進。そして側線に入りました。昨夜のKULAI駅と同じ現象です。昨夜は暗くて解からなかったのですが、駅のホームが1面しかなく乗降終了後に対向でやってくる上り列車の為にホームを空けるための措置だったのでした。
               


              やってきたのはTUMPAT駅を7:00に発車するシンガポール行の「ジャングルトレイン」ST15列車でした。



              マレーシア国鉄の駅のホームは、日本のように車両の床と同じ高さのホームと、タイのように地面の高さのホームとが混在しています。今はホームの高さを上げている過渡期にあるようです。高いホームの駅に着いたときは、車両のステップがホームとの間に溝として存在するので乗り降りにコツが必要になりますが、大きな荷物を持っている時は、やはり高いホームの方が楽ですね。

              交換を終えて8:36、遅れを増して75分延で終点を目指します。



              TANAH・MERAH駅を61分延の9:07、国境の町、ランタウ・パンジャン最寄のパシール・マス駅には遅れを持続したまま9:31に到着。ここで半数の人が下車しました。





              パシール・マス駅からは、駅から起点側に戻る形で休止中のランタウ・パンジャン駅を経て、タイのスンガイ・コーロク駅に続く支線が分岐しています。起点側に戻る形で分岐というのが、タイから真っ直ぐ攻め入る事が出来ないようにという政治的な臭いを感じさせます。一時は国際旅客列車の運行計画もあったようですが、タイ南部の政情不安により、現在直通列車は貨物列車のみとされていますが、貨物もまれにしか走っていないように思われます。
              西海岸線が不通になった時に「イースタンオリエントエクスプレス」が走ったことはあるそうです。現地での確認を忘れたのですが最近ランタウ・パンジャンとスンガイ・コーロクの国境を渡る鉄道橋のマレーシア側に鉄柵が出来たとの話もあります。この先しばらくは、この支線は休眠状態にあるのでしょうね。 

                       

              9:48、ワカフ・バル駅に到着。東海岸の代表的な都市コタ・バルの最寄り駅です。ここで残る半数の人が下車しました。
              車内に残ったのは、TUMPATの地元の人と、ちょっとどうにかしているジャパニーズがひとりだけです。





              朝方のジャングル地帯とは変わって、海沿いの田園地帯の景色の中を列車は走ります。右に大きくカーブして10時ちょうど、列車は59分の遅れでトゥンパッ駅に到着。線路の行き止まりの先はまもなく海という所まできました。

              編成の最後尾からホームに降り立ち、機関車を含めた編成写真を撮りにデコボコのホームをカートザックを引きずりながら急ぎます。



              途中から、タクシーの客引きらしきオッサンが陽気に話しかけてきました。悪い男ではなさそうなのですが、ちょっと待ってくれ僕は写真が撮りたいのだと言うのももどかしいので、適当に話しながら急ぎます。

              「何処に行くんだ?」
                ランタウ・パンジャンへ
              「何だって?」
                ランタウ・パンジャン、ボーダーに行くの。
              「だったら2つ手前の駅だよ。乗り過ごしたのか」
                いや、トゥンパッに来たかったんだ。
              「君はミステイクをしたのだよ」
                いや、わかっててきたんだ。終着まで乗りたかったの。
              「ランタウ・パンジャンなら2つ手前の…」

              堂々巡りは続きます。

              そしてたどり着くと既に機関車は切り離されて機回し線へ…。



              オッサンは陽気に教えてくれます。

              「あの先は海なんだよ!」


              ありがとう。知ってる。でも僕は今ちょっと悲しい気持ちなんだ。機関車が切り離されてしまっているんだもの…。




              ちょっと遠い目線になったがゆえに、僕の視線は奥にある機関庫に大物クレーン車が止めてある事に気づきました。

              その時はさして気にも留めていなかったのですが、これを書いていて気づきました。いざとなったらアレで国境の橋を撤去するのでしょうね…。




              さて、全線走破のためだけに来たトゥンパッ駅に用はありません。30キロほど戻ったランタウ・パンジャンを目指しま…。




               
              駅前には何もありません。タクシーに乗ろうと思ったのですがオッサン曰く

              「小さな町だからね」

              2台くらいはいるそうです。

              さぁ、このオッサンの世話になるしかありません。いくらだと聞くと「55リンギット」との事。30キロ約1時間、日本円で1430円。でも相場が解からない。「50リンギットなら乗る」と答えるとオッサンはちょっと悲しい顔になりました。多分55RMが相場なのでしょう。でも50RMで話はまとまりました。

              そして、この田舎の白タクのオッサンとの珍道中が始まるのです。

              30号車 マレー半島縦断の旅・3 【クアラルンプール探訪・続編】

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                中華街をあとにし、もう少し良く見ておきたいので再びクアラルンプール駅へ。立派な駅本屋に比べて北口はしょぼい感じです。
                         


                ちょうどイポー行きの中距離列車がいました。イポーまでの間は電化工事が完了していて電車にて運転されています。

                         

                パサール・スニ駅に戻り、LRTのクラナ・ジャヤ線に乗ってKLCC駅へ。LRTは無人運転。ホームドアも無いのに無人運転とは凄いと思います。集電は第三軌条方式で軌間をよく見るとプレートが敷き詰められているのでリニアモーター方式のようです。
                 
                         

                         

                KLCC駅にて降りてペトロナスツインタワーに向かいました。452mの商業ビルで一時は世界一高い建物だったビル。ツインタワーというカテゴライズを施すと現状で世界一の高さだそうです。10とか100とか塔の数を連ねればそんなに高くなくても世界一を狙えるという事が解かりました。

                              
                              

                下層階は伊勢丹などの入るショッピングデパートになっていました。吹き抜けのホールには春節の装飾が。でもそんなものに興味はないので冷房が効いた通路として活用させていただき、KLCC公園へ。

                         

                きれいな公園からツインタワーを撮影しようかと目論んだのですが、外に出た途端に暑さに腹立たしくなり、ツインタワーの真下から撮影する事で勘弁してやりました。

                              

                再びKLCC駅に戻り、KLモノレールとの連絡駅のダン・ワンギ駅へ。ちょっと歩いてモノレールのブキッ・ナナス駅から乗り込みます。

                         

                         

                モノレールは2両編成のかわいい車両。FRP構造と思われる車体は華奢な感じがします。しかし運転システムはデジタルATCらしきが搭載されていました。

                チケットは繰り返し使用の磁気カード式でした。

                              

                         

                         

                運転士が携帯電話で話しながら運転しちゃうのが微笑ましいですが、多分あれは業務用の無線機です。

                モノレールの終点、ティティワングサ駅からLRTのアンパン線に乗り換え。

                         

                ティティワングサ駅の脇には高層団地がありました。

                         

                と思ったら廃墟。高層団地の廃墟です。大きめな廃墟が並ぶ様は何故だか恐怖を覚えます。

                         

                              

                乗り換えたアンパン線は2両連接車体×3の6両編成。座席はステンレス製で座るとひんやり。ステンレスで座面に凹凸が無いので、しっかり座らないと加減速時に尻が横に滑るシステム。なので乗車時には尻を汗ばんだ状態にしておくと良いと思います。

                アンパン線でモノレールとの別の乗換駅、Hang Tuah駅に行こうと乗っていると、車窓にえらく重厚な建物が見えたのでマスジット・ジャメ駅で下車。

                         

                駅前は屋台街になっていたので散策。こちらは中華街のような怪しさは無く、イスラム用品が並ぶところでした。

                         

                              

                              

                屋台街をぐるりと一周して気になった建物へ。 LRTから見えていたのは旧の市庁舎でした。

                         
                 
                道を挟んだ向かいの広場は独立広場で、マレーシアの独立宣言がなされた場所だそうです。

                         

                旧市庁舎にならんだ最高裁判所の建物もまた立派で、イギリス統治時代の1894年築との事。

                         

                今夜の列車の発車は23時。時間は沢山ある。でも、もう一通り歩いた。汗まみれで身体はメトメト。

                とにかく歩く事にしましたが、この暑さです。靴を履いていることが腹立たしくなってきたのでサンダルを探しに再び中華街へ。

                毎年旅に出る度に靴擦れが発生します。普段日本で履いている靴なのにです。歩く距離が違うわけでも無いので、暑さが原因なのでしょうか?幅広の足が原因で、靴の中で足の薬指が小指の先を踏んでしまい、水ぶくれになってしまうのです。それを避けるためも含めて、早めにサンダルに履き替えようと思うのですが、つっかけサンダルでも小指に同様のアクシデントが発生してしまうので、ビーチサンダルにする事に決めました。

                特殊な形状の足ゆえ、合うサイズがなかなか見つからず、探し回ってついに発見したのは、昨夏バンコクで買ったのと全く同じもの。バンコクとほぼ同価の10RMで購入。コンバースのパチもので、「MIX * STAR」のロゴが素敵です。 こんな事なら家から持ってくれば良かったと思うも後の祭りです。

                サンダルを購入してパサール・スニ駅のバスターミナルでバスマニア活動。なかなかカッコいいデザインのバスがいました。

                         
                         芋虫系の顔。

                         
                         デコッパチ系の顔

                         
                         カブキ顔(右)

                サンダルを手に入れ、バスマニア活動を終え、LRTでKLセントラル駅へ。

                         

                LRTも乗車券は繰り返し使用の磁気カード式。使い込まれて擦り切れていました。何故か裏面は綺麗。

                         

                         

                KLセントラル駅へ戻ると、手荷物預かり所からシャワー道具だけを出してもらってシャワールームに急ぎます。

                「CLOSE」

                何故だ!午前中に確認しに来たときには終了は21時だと書いてあったじゃないか!そして今も目の前の看板には書いてある。

                しかし、その21時の文字は上からシールを貼って剥がした痕がある。多分終了時刻は変更されているのだが、誰かが悪戯で剥がしてしまってそのままなのだろう…。 いずれにせよ、18時半で既に閉まっているシャワールームもどうかと思うよ。

                どうせシャワーを浴びれるのだからと勢い良く一日動き回った汗でメトメトな身体はどうしたら良いのだ! シャワーだシャワーだと、ここまで来る間も喜んではしゃぎながら来たものだから汗は倍増だよ!

                怒りをぶつける矛先は何処にも無い。

                仕方なく構内のスタバにてネットチェックをしながら時間を潰す事に。やはりスタバは世界共通価格のようで高い。飲み物一杯で一食分以上の金額が出て行きました。

                夕食は駅の周辺に飲食街や屋台は見当たらないので、駅構内の店舗で済ませる事にしました。パスタ屋さんにてラクサを注文。カレースープの麺です。 ですが麺はパスタ。スープが全く絡まなくて微妙。そのスープもレモングラスの味がうるさすぎる。むしろレモングラスの味しかしない。

                         

                とにもかくにもシャワーを浴びれなかった怒りと悲しみは収まらない。
                列車に乗り込んで不貞寝だフテネ!そう決め込んで列車の待合場所へ。

                         

                         

                マレーシア国鉄の長距離列車ホームには改札がありません。近郊区間以外は車内にて検札を受けるシステムなので、KLセントラル駅でも長距離列車の発着するホームには改札がありませんでした。

                地上階のホームに通じる階段の上が待合場所になっています。編成の前よりが寝台車、後ろよりが座席車で、駅中央の通路を挟んだ両側の階段にAゲート・Bゲートとして待合場所を分けてありました。

                         

                寝台車のBゲートで待つも、乗り込む25列車「SENANDUNG SUTERA」号の発車は20分遅れるとのアナウンス。始発駅なのに…。

                仕方なく駅舎を出て灰皿のあるベンチに行くと、
                「今到着したのだけど、あの様子じゃ未だ列車は来てないよね?」
                と、マレーシアンの輸入商社マンに話しかけられました。名前を覚えられない人間なので忘れてしまったのですが、彼とタバコを吸いながら時間を潰しました。貰っている日本のサラリーはどれくらいなのか尋ねられたので、RMに直して答えると驚いていましたが、誤解を招かないように日本の物価がどれだけ高いのかを教えて納得してもらいました。
                 
                「自分は最近2年分のデータが入ったパソコンを盗まれたし、友人はこの列車に乗っていてパソコンを盗まれたので注意した方が良い」

                「車内で買うと高いから飲み物とか買っておいたほうが良い」

                との助言を頂きました。彼はジョホールバル駅にて下車するとの事。やっと乗車が始まり、乗り込む車両が異なるので挨拶をして別れました。

                         

                         

                              

                25列車、SENANDUNG SUTERA号は予定より30分遅れの23時30分にKLセントラル駅を出発しました。

                29号車 マレー半島縦断の旅・2 【クアラルンプール探訪】

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                  KLセントラル駅に到着。この駅は多層構造になっていて、列車の種類別にホームが異なっており少し複雑。ですが日本語の案内板を頼りに歩けば問題なし。

                  今回の旅で乗るマレーシア国鉄の予約済みの切符を手に入れるために、チケットカウンターに向かいました。

                           

                  今回の旅の懸念は、KLセントラル駅からシンガポールに向かう夜行列車の寝台が満席で座席車しか取れなかった事です。空席状況をウェブにてチェックしていたのですが、席が出たり消えたりを繰り返し、どうにもこうにも寝台が欲しいと予約メールを再送したりしていたのだがダメだったのです。

                  後は当日に賭けようと決め、望んだ窓口。

                  あっさりと寝台券が取れました。

                  エアアジアの機内で充分な睡眠がとれなかったので、いよいよ寝台券が取れなかったら14時の列車でシンガポールに先乗りしてホテルに泊まろうと考えていたのですが、チケットが取れた途端に元気回復。我ながら単純です。

                  いよいよ行動開始。チケットカウンターの向かいに手荷物預かり所があるので、トランクを預けて出発です。

                  まずは隣のクアラルンプール駅に向かいました。現在はKLセントラル駅に集約されてしまったために、クアラルンプール駅は近郊を走る各駅停車と一部の長距離列車しか停まらないようになってしまっています。歴史的建築物のクアラルンプール駅を見ない手はないので、近郊電車に乗って向かいました。
                  地平ホームなのだけれども最下層にあるので地下のようなKLセントラル駅の国鉄列車ホーム。春節だったので提灯飾りが出ていました。

                           

                           

                  到着したクアラルンプール駅はドームに覆われた瀟洒な駅。近郊列車は長距離列車とチケットのシステムを違えているので、3面4線あるうちの真ん中の島式ホームに到着しました。このホームの出入口には改札が設けられているのです。

                           

                           

                           

                  かつてクアラルンプールの中心だった駅。日本の東京駅にあたる駅ですから歴史を感じさせる重厚で立派な駅舎。ホテルも併設しています。

                           

                                

                           

                  駅の向かい側にはマレーシア国鉄の本社屋。

                           

                  朝から何も食べていなかったので、駅舎内の左隅にあったレストランへ。皿に乗せられたライスの上に好きな惣菜を乗せて、惣菜数に応じて料金を支払うシステム。アイスティーをつけて9.6RMでした。

                           

                           

                           

                  飯を食べて再び駅構内を探索。ミニ鉄道資料館がありました。ちょっとしたグッズなども売っているようなのですが、係員が不在で「欲しい人はここに電話して下さい」と書かれているのだと勝手に解釈した貼り紙に記載された電話番号に電話するも、一切繋がらず断念。

                           

                           

                           

                  次はどこへ行こうかと、地図とにらめっこして中華街に行く事に。中華街の最寄り駅は高架鉄道LRTのパサール・スニ駅。
                  KLセントラル駅に戻ってLRTのクラナ・ジャヤ線に乗り換えなければなりません。しかし、すぐ目の前にその高架線が見えています。その高架線を目で追っていくとホームが見えます。

                           

                  手持ちの地図には乗り換えの案内はありませんが、クアラルンプール駅の北口には乗り換えの案内が。見えている駅はパサール・スニ駅で間違いない。200メートルほどの距離だと判明したので歩くことに。

                  そして中華街に到着。偽物のブランドバック等が堂々と売られています。昼日中から笑ってしまうくらいあちこちにコピー商品が並んでいる様は圧巻でした。

                                

                                

                           

                           

                  そして有名な亀ゼリーの店、恭和堂へ。
                  果たして亀ゼリーとは如何なるものなのか。

                                

                  真っ黒な漢方ゼリーとシロップの入った急須が出てきて8RM。生臭かったら嫌だなぁと思いながら恐る恐る口にすると何のことは無い、幼いころから好物の台湾料理でいうところの仙草ゼリー、タイでいうところのグラスゼリーでした。

                           

                  中華街をぐるりと回って、見かけたペットショップにて我が家のインコ達と同種のインコがいらしたので鳴きまねをしたところ、それまで盛んに鳴いていたのが驚いたらしく沈黙。日頃のインコ達との対話が通じたようです。

                  中華街はさして広くなく、すぐに一巡してしまい、時間だけは沢山あるのでペトロナスのツインタワーを見に行くことにしました。

                  28号車 マレー半島縦断の旅・1 【序章】

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                    今回からは2011年2月に敢行した、タイのチェンマイに向かうのに何故かクアラルンプールに降り立って、シンガポールに寄って、マレーシアの東海岸側からタイに入国して、バンコクを経てチェンマイ。という往路だけで夜行の飛行機に1泊・夜行列車に4泊、復路はチェンマイからハジャイへ飛んで、そこから越境夜行列車でクアラルンプールへという、実に時間と体力を無駄に浪費して、東京〜チェンマイ間を往復した時の記録を綴ってまいります。

                    実に長ったらしい旅行記になると思いますが、よろしくお付き合い下さい。

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                    「マレー鉄道の旅」。子供の頃からテレビなどの海外旅行特集などで、「マレー鉄道の旅」が取り上げられると気にはなっていました。
                    シンガポールからバンコクまで、3泊4日の旅。その多くはオリエントホテルが運行する「オリエンタルエクスプレス」の豪華列車の旅。10年前の私であれば、高い金を払って、時間を使って何を酔狂な事を。と思っていました。何よりも海外に行こうだなんて、これっぽっちも考えていませんでした。職場内には海外の鉄道に乗りに行く人がチラホラ居たのですが、「日本の鉄道だって乗った事がない路線ばかりなのに、海外まで出向いて何が面白いんだ?」と、のたまってました。

                    2008年。ニヒル牛のオーナーである石川さんのチェンマイ避寒へ合流した事をきっかけに、毎年チェンマイに通うようになり、往復に鉄道を利用するようになりました。そしていよいよボンヤリと壮大な計画を打ち立ててしまったのが、マレー半島縦断の旅だったのです。

                    折りしも2010年の秋からマレーシアのLCC、エアアジアが羽田〜クアラルンプール間に就航しました。チケットを調べてみるとバンコク往復よりも遥かに安い。また2011年内にシンガポール駅が廃止になる。というニュースを知り、無くなる前にシンガポール駅に行かねばならぬ。という自分を納得させるこじつけの理由が出来たので、計画を実行に移す事にしたのです。


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                    チケットかパスポートを紛失したらしく、搭乗口で慌てていた白人のお兄ちゃんが原因と思われるのですが予定時刻を30分ほど押して羽田空港を離陸。
                    エアアジアの機内にはイヤホンすら有りません。無論モニターも無いので非常時の色々の説明はクルーが通路に立って音声に合わせて説明。コント55号の二郎さんの「飛びます飛びます」のアレがリアルに行われる。
                    機内では飲み物から毛布まで全て有料。ワゴンで軽食類を販売しており、電車の中と錯覚してしまいそう。
                    移動手段と割り切れば全く問題無し。電車と同じです。

                    唯一の問題は後ろの席に座った男子大学生2人。お互い独り旅で、共に4年生。隣に座ったよしみで意気投合して盛り上がるのは結構なのだが、声が大き過ぎる。バックパッカー気取りで互いの旅自慢を始めたまでは良かったけども、明日の宿を決めていなかったら一緒にどうですか?と始まった。
                    人の睡眠を妨げる彼らに猛烈な殺意を憶えたのだが、翌日クアラルンプールの中華街を歩いて居たら、「モンキーハウス」なる安宿から2人揃って出て来たのが面白かったので、横浜市大と立命館のモンキーは許して差し上げる。


                     
                    7時間ほど揺られて降り立ったのはKLIA、クアラルンプール国際空港。の隣にあるLCC専用空港。貨物用の空港にエアアジアが作ったターミナル。エアアジアの他にいくつかのLCCが利用している空港です。もちろんタラップでの降機。タラップで降りたらテクテク歩いて工場のようなプレハブ然とした建物に入ります。 

                             

                             

                             
                           
                             

                    入国審査も建物がしょぼいので威圧感が全くありません。むしろ好感がもてます。

                             

                             

                             

                    空港内をうろうろしているうちに時間ばかりが経過してしまいました。KLIAターミナルに出て、そこからKLIAエクスプレスなる空港特急電車に乗ろうと思っていたのですが、滑走路は共通なのに利用するターミナルが違うのでKLIAターミナルまで連絡バスが走っているのですが、バスルートでは20キロ離れており、時間を要するのです。面倒なので、エアアジアが運行している直接KLセントラル駅に向かうバスに乗ろうかと思っていると、KLIAトランジット(空港行きの各停電車)の駅に連絡している、鉄道会社が運営しているバスを発見。KLIAのひとつ手前、「サラック・ティンギ」駅までのバスとKLセントラルまでの電車賃込みの連絡チケットで12.5RM。エアアジアの直行バスより3RM高いけれど、今回は電車バカの旅なので迷わず選択しました。

                             

                    バスにて到着したサラック・ティンギ駅。LCCTに向かう人くらいしか乗り降りしない駅であるようで、駅周辺には建物も少ない。バスと鉄道のセット券なのでそのまま自動改札へ。

                             

                    駅には、日本人観光客が多いことを伺わせる案内板。KLセントラル駅も同様に全ての案内板に日本語が表記されていましたが、鉄道のシステムそのものがちょっと複雑で、素人には乗りこなせないと感じました。


                             

                                   

                    ホームにてKLIA始発のノンストップ特急の通過を見送り、続いてやってきた各駅停車、KLIAトランジットに揺られて、出来てまもない新線の乗り心地のよさを堪能しながらクアラルンプール市内へ。この列車は車内でフリーWi-fiが利用できるので、到着・出発前のウェブチェックなどに便利です。

                             

                    すんなりとKLセントラル駅に到着。ここからマレー半島縦断の旅が始まります。


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                    齋藤彦四郎
                    隔週木曜更新。
                    電車で喰えているので、電車マニアではありますん。

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