125号車 彦四郎さんちの台湾旅行・6終 【 概ね写真を撮っていない 】

0

     

    左営駅の目の前、蓮池潭の慈済宮の龍虎塔を巡って善人になった家族一行は、タクシーに乗って次なる目的地、旗津半島へ渡るフェリー乗り場、鼓山輪渡站に向かった。

     

     

    このフェリーは悠遊卡(Easy Pass)対応なので、Suicaのようにタッチするだけで乗ることが出来る。故に料金がいくらだったのか覚えていない。それがICカード払いの恐ろしいところだ。オートチャージを設定している人は無尽蔵に支払いが可能だと勘違いして使いすぎる危険がある。クレジットカードの確認作業を省略して消費を促進する、なんとも画期的なシステムだ。この支払いシステムに対応するために iPhone7 は日本仕様ができたくらいだ。iPhoneにFelicaを載せるために奔走した人の熱意とアップルの戦略が合致したということだ。

     

    システムをオープンソースとして日本国内で浸透させたことにより、交通系各社のプリペイドカードは一気に統一され、交通機関以外での支払いでも浸透している。ゆくゆくは海外でも支払いに使えるようになれば、手持ちの現金を気にせずにスマホ1台あれば世界中を自由に旅行できるようになるだろう。そんな日が来たらそれはそれで恐ろしい。

     

    全ての支払いが非接触型ICカードによる決済となれば、人々は現金を持ち歩かなくなる。既にクレジットカードでそれが存在するではないかとも思うかもしれないが、それよりもハードルを下げたのがこのシステムなのだ。そしてこのシステムが浸透すれば、すべての金の流れが見えてくるので、とんでもないビックデータを収集することができ、企業側や店主も売り上げをごまかして脱税することもできなくなる。

     

    話は大きく脱線したが、台湾では買い物をするとレシートに宝くじ番号が印字されるシステムになっている。だから人々は必ずレシートをもらって帰る。これはレシートを発行しないことによって売り上げをごまかす脱税対策であり、番号を発行するためにレジがオンライン化されているという事だろう。支払いがICカードにシフトすれば、レシートに宝くじ番号が印字されなくなる日が来るのかもしれない。ちなみにこのレシートくじは外国人でも当選金を受け取ることが出来る。

     

    で、フェリーにて旗津半島へ。高雄の港の前に幅200mほどの砂州が11kmに渡って続いているのだ。よって高雄港は大きな内海の中にあるのだ。

     

     

     

     

    フェリーで半島の旗津輪渡站へは5分ほど。フェリー乗り場の前から半島の向こう側まで続く道の両脇には海鮮を食べさせる店がずらりと並び、盛んに呼び込みをしている。店先に並ぶ海鮮を選んで調理法をオーダーして店内で楽しむスタイルだ。そのうちの一軒に入り遅い昼食。

     

     

     

    食後は半島の外海側の浜辺へ。シーズンは過ぎているので海水浴客はいないが、夏の盛りにはレジャー客が押し寄せるようで、海沿いには民宿が立ち並んでいた。

     

    再びフェリーで戻り、MRTに乗るために高雄の港町を歩いていると日本時代の家屋が数件残っていた。

     

     

     

     

    こうした街中に残る名残を楽しみながら、旧高雄港駅に立ち寄ってからMRTで左営へ。新幹線で台北に戻り、ホテルの地下のスーパーで土産物を買い込む。

    荷を置いて夕食はMRTで剣潭へ。台湾最後の夜は士林の観光夜市へ行くことにしたのだ。

     

     

     

    士林の夜市では屋台で麺線を啜ってから、本場地下の飲食店街で夕食。こうして台湾最後の夜は終了。

     

     

     

    明けて最終日。我が家族のリビングと化していたバルコニーからの眺めはこんな感じ。台北駅前、バスターミナルの上の大師商旅(マスターホテル)は、あまり安くはないけれども地の利を含めて使い勝手は非常に良かった。1週間以上滞在するのであれば、キッチンや洗濯機の付いた部屋をオーダーすれば快適な台北ライフが送れることは間違いない。

     

     

    こうして彦四郎さんちの台湾家族旅行は終了。両親との旅行は気兼ねが無いし、何にでも前向き積極的な二人と動くのはやはり楽しい。無論それはO型の両親の間に産まれたがゆえに兄弟含めて全員O型という、おおらかでいい加減な家族だから衝突が無いのかもしれないのだけれども。

    台湾は国内旅行の勢いで行ける場所なので、母の採決があれば再び行くことは決まっている。今度は台湾1周をと所望しているので、バックパックを担いでその方向で。できれば台南を絡めたいと考えているので、その顛末はそのうちいつか。

     

    最後に一つ。一人旅でないと気を回すことが多くて写真を撮る余裕が無い。という事に気付きました。写真を撮るよりも両親の様々な表情を見ているのが楽しくて、そちらに気を取られていたという方が正しいかもしれません。一人旅では記録を残さなければとなりがちですが、誰かとの旅行は記憶が相互に残るので、写真なんてあまり撮らなくてもよいのかもしれませんね。

     

     

     

    さて、本年も「テツトヒト」を読んで頂きありがとうございました。連載も5年目になり記事も125本を数えました。これからもご愛顧のほどをよろしくお願いします。

     

    さて、2016年度が終了しました。恒例の今年の海外鉄道乗車キロ数を報告しようと思います。

    2016年 2月  タイ    1073キロ
    2016年 2月 ベトナム    104キロ
    2016年 9月  台湾     809キロ
    2016年11月 ミャンマー    28キロ
    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
    2015年  計 4ヶ国    2014キロ

    という結果に終了しました。11月のミャンマーは仕事で行ったので、ちょっとしか乗れませんでした。そして12月にはスリランカへの計画があったのですが、業務都合上頓挫。じゃあ台湾と思ったものの諸般の都合で頓挫。然るに来年2月の恒例チェンマイへの往復で鉄道を満喫しようと計画中です。

     

    それではまた来年、次回は新章「タイ東北線の旅」でお会いしましょう!

     

     


    124号車 彦四郎さんちの台湾旅行・5 【 10元で善人になれる法 】

    0

       

      事前計画なしで家族旅行で訪れた台湾。昨日の母の「高雄に行ってみたい」の一言で方向性は決まった。我が家はレディーファーストなので、母が行きたいと言えば男どもは全力でそれを遂行するのだ。

       

      台北から朝食に駅弁を買って、新幹線で高雄に向かう。2時間ほどで左營(ズォーイン)駅に到着。新幹線は高雄の2つ手前の左營までなのだ。ここから市街地へは在来線か地下鉄で向かう形になる。

       

      高雄に行きたいというリクエストだけで来たものの、どこへ行けばよいのやら。とりあえず気になっていた場所に連れて行こうと思う。向かおうとしている場所は左營駅もよりの奇景なのだが、在来線に乗り換えなければならない。

       

       

      ややこしいのだが、台湾の新幹線は在来線とは別に都市名の駅名を名乗るためにこうした事が起きる。

      南港、台北、板橋は同じ駅にあるため混乱はないのだが、桃園は在来線とは遥かに離れた単独駅、新竹は在来線の六家駅、台中は3駅離れた新烏日駅、嘉義も離れた単独駅、台南は沙崙駅、そして終点の左營駅は在来線の新左營駅に接続し、高雄との間に旧来の在来線の左營駅があるのだ。

       

      新幹線の左營駅こと在来線の新左營駅から一駅乗って、西に蓮池潭を眺めながら在来線の左營駅で下車。新幹線が駅名を名乗るくらいだから大きな駅かと思いきや、1面2線の小さな駅。

       

       

       

       

      先ほどのまでの駅間に見えていた蓮池潭の南西に目的の場所がある。駅前から西に延びる道を進み、旧城の城壁にぶつかるあたりから湖畔を進んでいくと目的の奇景が待っていた。

       

       

      熊本のあの方に似た熊の後ろに現れたのは、その名もずばりな「龍虎塔」龍の口から入って虎の口から出てくるシステム。

       

       

       

       

       

      なんでも干支の中で龍が最もよい動物で、虎が最も悪い動物だそうで、虎の口から出るころには善人になれるそうだ。たった10元の入場料というかお布施で善人になれるのだから安いものだ。内部には仏教説話の壁画があり、胎内巡りのようなものでもある。塔は6階まで登ることができ、眺望はなかなかのもの。下は無風で暑かったのに、塔の上は風が吹いて気持ちよかった。

       

       

       

       

      湖畔には同じような塔や宗教施設が立ち並んでおり、この池がパワースポット的な場所であることがわかる。

      塔から降りると目の前の慈済宮という廟へ。お医者さんが祀られた廟とのこと。ここの門前にお土産屋さんや果物屋さんが出ていて、母の念願であったフルーツを。熟れ熟れのマンゴーやドラゴンフルーツなどを割安で食べられるのでお勧め。なによりも日本語使いのマダム達なのでリラックスして楽しめる。母は様々な土産物を買い込んでいた。

       

       

       

      続いてはフェリーに乗ろうと思う。とにかく暑くて駅に戻るのも嫌なのでタクシーで向かう事にした。

       


      123号車 彦四郎さんちの台湾旅行・4 【 いざ九分へ 】

      0

         

        瑞芳に戻った一行は続いて九份へ。言わずと知れた観光地だ。列車が着いたホームには裏手側の出口がある。ここから出て、瑞芳駅の寂れた側の風情を楽しもうかと思ったのだけれど、ちょうどタクシーが客引きをしていたので乗り込むことにした。

         

        街を抜けて山道を登り15分ほどで九份の中心地に到着。降ろされた場所が軽便路の入り口だったので、軽便路を歩いて行く。鉱山だった頃はトロッコが行き来していた道とのことで興味があったのだが、いやはや急峻な場所に建つ家々の間を進む狭い道は、なんとも趣きがある。

         

         

        軽便路を進んでいくと展望デッキがあり、そこで眺望を楽しむ。あいにくの天気で夕陽を楽しむことはできなかったけれども、こうした景色を楽しめる場所に暮らせたらなぁなどと思ったりしていた。

         

         

        更に進んで有名なあそこへ向かう。九份には「千と千尋の神隠し」のモチーフではないかと言われる場所がある。また、台湾の映画の撮影地としても有名でとにかく観光客が沢山なのだ。

         

         

         

         

        タイミングがよかったようで、その中でも有名な店にすんなりと入ることが出来た。お茶と数種の茶菓子のセットで一人300元。日本円でおよそ1000円。本式の台湾茶の淹れ方をレクチャーしてくれて、あとは自分で淹れて楽しむスタイル。テラス席はツアー客用に予約で押さえられているようで使えなかったけれども、十分楽しむことが出来たので満足。

         

        次いで基隆へ。九份から直接タクシーで向かうことにした。鉄道で向かうと遠回りになるのだ。

         

         

         

         

        基隆には30分ほどで到着。基隆の夜市で夕食をと考えていたのだけれども、昼食が遅くて内容がガッツリだったので誰も食指が動かず。夜市を一巡りして台北に戻り、早めに一日を切り上げたのでした。

         

         


        121号車 彦四郎さんちの台湾旅行・3 【 平渓(ピンシー)線の旅 】

        0

           

          台北市内の公園の東屋にて、露店で買った滷味をつつきながら会話をする中で明日は高雄に行くと決まった。

          ならば予定していた明日の行程を今から遂行しようとなった。

           

          そもそも今回の旅に予定は無い。それぞれがピックアップしていた行きたいところを話しながら決めようというものだった。そうはいっても今回はアテンド役となるであろうから、大まかな方向性は自分なりに決めていた。

           

          九份や十分、基隆という言葉が出ていたのを覚えていたので、それなりにコースは案じていたのだ。

           

          タクシーで台鉄の松山(ソンサン)駅に向かう。市内は地下化したのでタクシーで走っているこの道の下に線路が走っているのだなどと話していると、タクシーの運転手は会話の内容を聞きつけてタクシーで行かないかと勧めてきた。一般の観光客なら提案に乗るかもしれない。だけれども我が家は鉄道好きなのだ。甲種電気車運転免許を持つ子を二人も育てた両親もタクシーと鉄道の二択を迫られれば鉄道を選択するだろう。「鉄道に乗るのが好きなので」と運転手の申し出を断って駅で降りる。

           

           

           

          ちょうどよいタイミングで瑞芳(ルイファン)に停まる莒光号があったので指定席を取って乗り込む。客車列車ゆえに静かなので、母はすぐに眠ってしまった。せっかくの基隆河沿いの景色なのにと思うが、ハイライトはまだ先なのでゆっくり休んでもらうことにする。

           

          瑞芳からは平渓線に乗り換え。かつてはここ起点の運用だったのだが、前回訪れたときに復活開業したばかりだった深澳線の海科館駅への直通運用になっていた。効率的な運用だ。

          平渓線の混雑を見越して平日に旅程を組んだのだけれど、やはり混んでいた。なんとか座席を確保して一安心。

           

           

          当初は十分で降りて観光をしようかと思っていたのだけれど、混んでいるので中止して純粋に路線を楽しむことにしたいと提案。両親とも賛同してくれたので終点を目指す。乗客のほとんどが十分で降り、全員が着席できるほどの状態になった列車で終点の菁桐(チントン)へ。屋根全体が苔むしている事で有名な駅舎なのだが、瓦の葺き替えをしてしまったようだ。

           

           

           

           

           

          終点の菁桐で昼食をとる事に。駅の奥、線路脇の食堂で炭鉱夫弁当を注文。窓際に座れば、かつて栄えた炭鉱からの石炭積み出し用のホッパーを眺めながら食事ができる。

           

           

           

           

          昼食で1本落とし、帰路の列車は運転席脇の展望席を確保。瑞芳方は半室運転台なので助士側には客席があるのだ。ここを確保して全面展望を楽しみながら瑞芳に戻ろうという算段で十分での観光を割愛したのだ。

           

           

           

           

           

           

           

          発車した列車は基隆河に沿って坂を下り続ける。腕木式の場内信号機が見えると十分駅。停止現示のまま進入したので既に役目は終えてモニュメントとして残している事がわかる。

           

           

           

           

          十分でしばらく停車。前方に天燈がゆっくりと上がっていくのが見えた。願い事を書いた紙の気球、天燈を上げるのが十分の名物で、この先の線路上から飛ばしているのだ。十分駅脇の100mほどの線路脇ギリギリまで建て込んだ商店街は珍しい景色としてテレビでも取り上げられる観光名所だが、タイのメークロン市場に比べれば安全だ。

           

           

           

           

          発車してその商店街へと進むと多くの観光客がカメラを手に待ち構えていた。平日でこの混雑ぶりなので休日ともなれば大変な賑わいなのだろう。

           

           

           

           

           

          列車は手掘りのトンネル群を抜け、基隆河がつくった並走する道路も無いような急峻な渓谷を走り瑞芳に戻りついた。

           

           


          120号車 彦四郎さんちの台湾旅行・2 【 到着そして2日目 】

          0

             

            1時間遅れで台北は桃園空港に到着。荷物をピックアップして到着ロビーに出るころには22時を経過していた。

            両替は1人1万円ずつ出し合って3万円を両替。そのうち3分の2を共用財布にいれる事にした。今回は一緒に行動するので共用財布を作って交通費や食事代などをここから出すことにした。意外と便利。

             

            プリペイドSIMを手に入れ、22時半過ぎの台北駅行のバスに乗り込む。乗り込んだバスは路線バスだったようで、高速道路には乗らずにローカルな町中を走り0時ちょうど頃に台北駅前に到着した。

             

            今回の宿は台北駅前。Q square・京站時尚廣場という台北駅前バスターミナルを中心としたショッピングモール。その上にオフィスビル棟とマンション棟があり、その分譲マンションの一部をホテルとして営業している「大師商旅」というところを押さえていた。このマンション内には同じようなホテルが幾つかある模様。

             

            空港からのバスは駅の反対側に到着したため、台北駅を抜けてバスターミナルに向かう。

            鉄道駅側の道路に面したテナントの一つにホテルのフロントがあり、チェックインを済ませると部屋まで案内してくれた。バスターミナルの発券所の前を通ってマンション棟の入口へ。案内されたのはC棟のエレベーター。乗り込むと壁面にあるリーダーに部屋の鍵についているICカードをタッチ。こうしないと動かないセキュリティシステムとなっているようだ。部屋は最上階の16階。到着してみるとワンフロアすべてがホテルの客室になっていることが分かった。

             

            通された部屋はキングサイズのベッドが2つ並んだワンルーム。3人泊まれる部屋で割引価格で表示されていた部屋を押さえていたのだ。広さはあるのだが、さすがにキングサイズのベッドが2つ並ぶと他のスペースは皆無。テーブルやソファは無く、ベッドの上で過ごさねばならない状態だった。事前にウェブで見ていた他の部屋とは大きく違うが、ほとんど外に出ているだろうし、清潔なので良しとする。

             

            早速荷を解いて夕食へ。時刻は1時に迫ろうとしている。最寄りの寧夏夜市に向かうと多くの屋台は片づけに入り始めていた。屋台の雰囲気だけ見てもらって、牡蠣オムレツの店で夕食。今日は遅かったので明日はゆっくり起きて、遠出はせずに台北をぶらぶらしようなどと話しながらホテルに戻り、皆早々に眠りに就いたのでした。

             

             

             

             

            明けて翌日。父はベランダで地図を広げていた。テーブルすら無いホテル室内。しかしベランダに丁度良いサイズのテーブル状のものがある。これはエアコンの室外機を覆うカバーなのだが、業務用エアコンの大きな室外機を覆うそれはベランダと調和する細工が施されており、以降ここが我が家のミーティングスペースになった。

             

            父はコーヒーを飲みながら自作した白地図を広げ、街を俯瞰して楽しんでいたのだ。

             

            それぞれ身支度を整えると朝食からの街歩きへと部屋を出た。朝食は目星をつけていた豆乳店へ。

            ホテルからそのまま地下街へ降り、地下鉄の上を貫く中山地下街を歩いて中山駅に向かう。

            台北駅周辺は地下街が網羅されており、もし台風が直撃しても何かして過ごせるだろうと今回のホテルを選んでもいたのだ。

            中山駅から地下鉄で台北小巨蛋駅へ。アルファベットの駅名はアリーナ。小巨蛋…。うむむ。

            駅から地上に出るとアリーナ脇の並木が倒れていた。昨日まで猛威を振るっていた台風の爪痕だ。

             

             

             

            アリーナの裏手側にある商店街の豆乳店で朝食を済ませ、商店街をぶらぶら歩く。

             

             

             

            そこで父が滷味(ルーウェイ)の店を見つけて足を止める。父に貸していた下川裕治さんの著作の中に書かれていた滷味が気になっていたいたようで、日本を発つ前から食べるのだと言っていたのだ。これは「台湾風おでん」と言えばイメージしやすいだろうか。台湾国内であればコンビニだけではなく駅の売店にもあり、駅舎に入るとこの香りがしてくるのだ。下川さん曰く「台湾の匂い」であり、全く同感である。

            しかして自分は今まで食べたことがなかったので、父と共に書籍から得た情報を元に注文をしてみる。

             

            既に煮込まれた具材が煮崩れを防ぐためだろうか、たらいに並べられている。そこから食べたいものをボウルに取って渡すと、食べやすい大きさに切ってくれて、さっと煮汁に通して温めなおして小袋に入れてくれる。

             

            お客さんがひっきりなしに来ていたから、おいしい店なのだろう。少し歩くと東屋のある公園を見つけたので、早速広げて食べることにした。

             

            これがもう目からウロコの美味しさで、みんなでトリコになってしまう。父は滷味のスープの素が売っていると書いてあったと日本に買って帰る気満々だ。

             

            そうして名も知らぬ公園の東屋で親子で滷味をつついていると、母は長期滞在してみたいと言い出す。そういう人は沢山いるけれども、実行に移す人はわずかなのだとも。

            台湾はノービザで90日滞在できる。長期滞在向きの宿をおさえて、今回のようにLCCでも搭乗便を変更できるプランで来れば、飽きたり用事ができたらすぐに帰れるのだから、いずれ挑戦してみればどうかなんて話をしていると、高雄に行ってみたいと言い出した。

             

            高雄に行くなら今からは厳しい。明日は九份や基隆に行こうかと思っていたのだけれど、そうすると行けなくなるなぁ。二人とも体力は大丈夫?

            前のめりで大丈夫との返事。じゃあ今からでも間に合うだろうから明日の予定を前倒ししよう!

             

            早速タクシーをつかまえると近場の松山駅に向かう一行なのでした。


            119号車 彦四郎さんちの台湾旅行・1 【 いきさつ・そして旅立ち 】

            0

               

              今回は新しめの旅行記を、そして趣向を変えて彦四郎家の家族旅行をお送りしてみたいと思います。

               

              「齋藤彦四郎」という名前は勿論のこと本名ではありません。これを書くにあたってのペンネームです。この名前は母方の家の「屋号」であって、いずれ自分が名乗っても支障のない日が来るのかもしれません。その地域にあっては、この名前で郵便物が届くという事実を小学生の頃に知って衝撃を覚えたものでした。

               

              今回からは、その彦四郎家の家族旅行について綴っていきたいと思います。

               

              6月下旬の事。そろそろどこかに行きたいなぁとお尻がムズムズしはじめて、何の気なしにLCCがどれほどの料金でフライトしているのかを調べていました。これまで台北へのLCCはシンガポールのスクートが経由便で飛んでいるけれども、経由便ゆえに復路の時間が早朝すぎて使いづらいだろうなとの認識でした。そういえばバニラエアも飛んでいるのだよなと見に行ったところ、なかなか便利そうなフライト状況。台湾に行きたいというよりも成田の第3ターミナルを利用してみたいし乗ってみようかと。

               

              そんなとき「そういえば両親が台湾に行きたいと言っていたな」と思い出した。ちょこちょこと旅行に出かけていて、年に2度ほどは海外ツアーに参加している両親。最近は伯母も加わり3人で出かけているのだが、専らヨーロッパで今年もクルーズツアーに出かけている。アジアへは5年前に一緒にチェンマイに訪れただけだ。それでも母はアジアの市場が好きになってしまい、またチェンマイに行きたいとも言っていた。

              台湾という国への思いは、父の仕事場の近くにある台湾料理店のママさんから20年来に渡って台湾の良さを聞かされ家族そろって「いつか訪れたい」との思いがあり、一番最初に自分が果たした自分だったのだ。

               

              台湾はもう2周もしているし、今回は鉄道にこだわらなくてもいいか。だったら両親を誘ってみよう。そう思って電話すると二つ返事で行きたいとの事。さっそく日程の調整を行い、台風の懸念があるものの9月下旬に決めてチケットを手配した。

               

              しばらくして、宿泊先を打ち合わせねばと実家に向かうと、父は図書館から台湾に関する様々な本を借りてきて情報をピックアップしていた。

              翌月訪れると父は台北の白地図を作り上げ、MRTの路線に色を入れ、駅をマーキングし、気になる場所に印を付けてとマッピングしていた。二人を何処へ連れて行こうかしらと思案していたのだが、その必要はなさそうだ。よりディープで歴史的背景を含めた情報をと下川裕治さんの著作を2冊貸しておいた。

               

               

              今年はエルニーニョ現象の終了の年の傾向といわれる台風の発生状況で台風1号の発生が遅かった。毎年の発生回数は概ね変わらないというデータからすると9月下旬に集中するぞと懸念している中、温暖化による進路の変化と規模の巨大化による被害の拡大は皆さんご存知の通りだ。そうしたなか出発の日が近づいてきた。

               

              マリアナで発生した台風17号は勢いを増して台湾に向かっている。予想進路は直撃だ。フライトは大丈夫かどころではない。直撃されたら滞在もままならない。進路を自分なりに推測すると当日には抜けていそうだ。早く抜けろと祈りつつ、「台風直撃じゃないっスか!」と心配する同僚たちには「自分は日頃の行いが良いので大丈夫だ」と答えた。最後の頼みは「言霊」だ。不安を口にすれば寄ってくる。

               

              今回の旅行は「日頃の行いが良いので大丈夫」なのだ。

               

              旅行前日。仕事の合間の休憩のたびに台風情報をチェックする。台風17号は猛威を振るい、彰化では日本人観光客を乗せたバスが高速道路上で横転して負傷者が出たとのニュースが入ってきた。日本人観光客を乗せたが為に台風の中を走らざるを得なかったのではないかとの疑念が頭の中を過ったりしたのだが、台湾への台風上陸時の勢いは、上陸してからいずれ温帯低気圧に変わるような日本との比ではないことは、緯度的な理屈から考えればわかる事だ。台湾のインフラの無骨さが台風対策が故のものだと気付くと、その勢いの凄さを知る事になる。

               

              バニラエアの運行状況も搭乗便は予定通りとの表示。明日は無事に飛べそうだと床に就いた。

               

              そうして当日。非番でまっすぐ帰宅して、昼過ぎに両親と合流。一緒に昼食を済ませて成田に向かう特急に乗り込む。

               

              空港第2ビルで降りて第3ターミナルへ向かう。連絡バスはルートの都合でかえって時間がかかる(2016年10月中に解消されるとの情報あり)との事なので歩いて向かう。陸上競技場のトラックを模した通路は判りやすく楽しい。そうしてテクテク歩いて第3ターミナルへ。

               

               

               

              ターミナルの建屋は必要最低限といった内装だが、無骨な部材を上手にアレンジして用いていて新鮮だ。チープさは否めないが削ぎ落とした美しさがある。現在は4社が利用する第3ターミナル。国内線と供用だが4社だけなので混雑している感は無い。チェックインもスムーズ。今のところフライトは17:40のオンタイム。

               

              チェックインを済ませて出国手続きへ。今まで見たことないくらいに空いている。カウンターは1つしか開けていない。どうしてこんなに空いているのかと不安になるくらいだったが、この時間帯に飛ぶ国際線は1便だけだからであった。ロビーにいた人々の多くは国内線の利用者だったのだ。

               

               

              そうして辿りついた出国エリアは、バニラエアのJW105便に搭乗する人しかいない空間。予定時刻に居ない人を発見するのも早かろう。免税店もあるが、飲み物食べ物のラインナップが乏しいのがLCC利用者にとっては辛くもあり、そしてLCC各社の戦略なのかもしれないと穿ってみる。

               

               

               

              搭乗エリアにはボーディング・ブリッジが見当たらない。窓外に見えている国内線もよく見るとタラップで乗降している。フロアから下に降りる階段があるという事は大好きなタラップでの搭乗だ!とワクワクしていると、「機材の遅れで離陸時間は未定。次の案内は18時半ごろ」とのアナウンス。台風が去るのを待っていた飛行機が一斉に飛び立ったがための台北の滑走路の混雑による遅延だそうだ。そこまでは読めなかった。

               

               

              離陸予定時刻ごろに降りてきた飛行機。それが我々の乗り込む機材だった。それでも18:10頃には搭乗が始まった。沖合に駐機している飛行機までバスで移動。そしてタラップにて搭乗。18:30にはドアが閉められた。が、今度は離陸の順番待ちとの事。機長より10番目なので飛ぶまで30分くらいかかりますとのアナウンス。そうして予定より1時間ほど遅れて台北に着いたのでした。


              102号車 何度目かの台湾・11終 【 おおきなアヒルは愛おしい 】

              0

                礁渓の宿を硬い笑顔で発ち、列車に乗り込んだ。今日は最終日。残念ながら夕刻のフライトで帰国しなければならない。そして予定は未定。平渓(ピンシー)線にもう一度乗りに行こうかと起点となる瑞芳(ルェイフェイ)に向かう。

                平渓線の列車まで時間があるので朝食を求めて街に出る。基隆河の流れがつくった山あいにある瑞芳の街。南側の山を越えれば海なのだけれども、水流はこの山を穿つことが出来ずに西に進んでいく。この渓谷ともいえる場所にみっしりと家が立ち並び街が形成されている。

                 





                駅母屋のある南側に旧街道があり、その広くない道を抜けて大小様々なバスがひっきりなしにロータリーにやってくる。その街道を渡ると商店街になっており、旧街道と並走する通りは市場の様相。現在時刻は9時半。朝から活気に満ちている。その街角の店で牛肉麺で朝食とする。あっさりとしているので朝食でもいける麺だった。
                 







                 
                再び駅に戻ると「海科館」の文字が目に留まった。記憶を辿っていくと旅客営業が廃止され発電所への燃料輸送専用線となっていた深澳線が国立海洋科技博物館へのアクセス線として旅客営業を復活する予定とどこかで読んでいたのを思い出した。どうやら既に運行開始をしているようだ。
                台湾鉄路の全線走破を自負する(あくまで台鉄線のみ。MRTを除く)身としては乗りに行かねばならない。平渓線を止めてこちらにする。駅構内の観光窓口でたずねるとコピーした時刻表をくれたので早速ホームへ。地下道は青くライティングされ気合いが入っている。一番北側に新たに整備された綺麗なホームに海科館行の列車が停まっていた。方向幕も紙を貼っているくらいで開通まもない事がわかる。

                 







                列車は本線としばらく並走して走り、北に向きを変え分かれていく。渓流に沿うような形で右へ左へと捩りながら勾配を稼いで進み、サミットを越えて下り始めると終点の海科館駅に到着。
                 















                駅舎はなく、待合スペースのみの駅。海科館に用は無いので折り返しの列車で瑞芳に帰還。区間車に乗って暖暖(ヌワンヌワン)駅で途中下車したりして基隆へ。

                初めて台湾を訪れた日の夜に基隆に泊まったのだが、昼にゆっくり見てみようと再び来てみたのだ。そして降り立った駅前に広がる港にはヤツがいた。

                 









                 
                ラバーダックが浮かんでいた。世界各地で展開している現代アートなのだが、こうして見てみると面白い。そして愛おしい。違和感が楽しくて仕方がない。何の気なしにフラリと立ち寄ってみたらラバーダックに会えた。旅の締めくくりとしては良かったと満足したのでした。


                次回からは再びベトナム。ベトナム国鉄完全走破に向けた補完編がスタートします。



                 

                101号車 何度目かの台湾・10 【 礁渓温泉・お願いだから探さないでください 】

                0



                  羅東(ルオトン)から列車で礁渓(チアオシー)へ。最終夜は温泉宿に泊まろうという算段。降り立った駅前広場には足湯が整備されており、日本のどこかの駅にでも降り立ったかのような錯覚を覚える。
                   






                  「ザ・温泉街」といった風情の街を歩いてガイドブックから目星をつけていた礁渓温泉旅館へ。部屋が空いていたのでチェックイン。1泊1200元。宿についてのレポートは後ほど。

                  荷を解いて街を散策。小高い山を背景にした街は、山から続く緩やかな斜面にある。温泉宿が建て込むエリアには小川がいくつか流れ、その一つは親水公園として整備されていた。川に沿った公園を下っていくと足湯の広場があり、訪れた観光客が楽しんでいた。

                   








                  しかし自分が興味を惹かれるのはこうした綺麗に整備されたエリアではなく路地裏や市場。生活感が溢れる路地こそ面白い。そんな路地に入り込んでは行き止まったり、犬にほえられたりしているのだ。
                   




                  そうして歩いているうちに結局は吸い寄せられるように線路際に辿りつく。駅に入って列車を観察。貨物列車が逆線運転で通過していくと続いて順線で自強号がやってきた。この自強号がこの先で貨物列車を追い抜くのだ。追い抜くといってもどちらの列車も走りながらの追い抜き。踏切で待っていると列車が並んで走ってくる。そんな光景が台湾では普通にあるのだ。いつかはその光景を見てみたいと思う。
                   






                   

                  先ほど貨物列車が走っていった線路に下り列車がやってくる違和感。貨物列車は次の駅で順線に戻ったのだろう。莒光号が自強号を退避。普悠瑪(プユマ)が運用に就いていた。
                   




                  しばらくしてやってきた莒光号は最後尾に気動車を併結していた。回送車を併結しているのだろうが、臨時運用なのか定期運用なのか気になるところ。かつて日本の国鉄でも客車列車に気動車を併結する定期運用があったりしたのだが、違和感を感じる編成を見ると嬉しくなってしまう。
                   








                   

                  電車バカ活動に満足したので散策しつつ夕食へ。温泉プールがあるようで水着や浮き輪などの専門店があったりする温泉街。賑やかな街中で気になったのは台湾の人はトマトをフルーツとして認識しているのではないかという事。フルーツと並んでミニトマトが売られておりトマトジュース屋さんがあったりするのだ。
                   






                  人だかりができていたのは日本の豚骨ラーメンの店。店の外にまでカウンターがあり繁盛しているなあと眺めていたら違和感。よく見ると店外のカウンター席は足湯に浸かりながら食べられるスタイルになっていたのだ。これは話題性を求める人には人気になるだろうと納得。
                   






                  夕食は屋台の魯肉飯と臭豆腐という定番で済ませ、ドクターフィッシュは温泉魚と表記するのだと感心しながら宿に戻る。

                  さて、今回泊まった宿のレポートを。ガイドブックに載っていた温泉宿。周辺に林立するのは高級ホテルばかりなのでこうした安く泊まれる宿はありがたい。室内に入ると居室と同じくらいの広さの浴室があり、バスタブは深く家族で入れるくらいの大きさ。温泉蛇口と水の蛇口があり自分で湯温を調節して入るシステム。
                  大浴場は水着着用の混浴というスタイルの台湾なので、小さな温泉宿はこうした内風呂のみということになる。

                   








                  したらば広いバスタブで温泉に浸かりながらゆっくりと読書でもするかと温泉蛇口ひねり、そろそろ溜まっただろうかと湯舟をみてビックリ。お湯と一緒に濁った何かが沈殿していた。湯の花、いや形質からすると温泉藻と言われるものだろう。源泉から直接引き込んでいるのだろう、何もかもが蛇口から出てきていたのだ。この辺は日本との感覚の違いだろうか。日本であればフィルターを通すなりするだろう。沢水を使うがゆえに混ざる不純物を漉すために布袋をぶら下げた蛇口に親しんで育った身とすれば、是非とも布袋を装着して頂きたいと思う。

                  翌朝のこと。出立しようとフロントに行くとオーナーが待ち構えていた。言葉は通じないが写真を撮らせてくれとの事。ホームページを充実させることが趣味のオーナーのようで、来訪客の写真をアップしているようだ。撮影の際に気付いていたのだけれども、無碍に断る理由もないし旅の恥は掻き捨てだと応諾した。

                  応諾したけれども掻き捨てにならないのがネットの世界だ。困惑した硬い笑顔の写真はしっかりアップされていた。もう少し腹を引っ込めて写ればよかった。この宿のホームページをほじくればそんな自分の写真が出てきてしまう。お願いだから探さないでください。


                   


                  100号車 何度目かの台湾・9 【 復興号の謎と羅東森林鉄道 】

                  0

                    宿の向かいの早餐店(朝食専門店)へ。食事は全て外食で済ませる文化のある台湾では朝食専門で商売が成り立つ事が驚きなのだが、そこで朝食を済ませて荷支度をし、宿のおばちゃんに別れを告げて駅へ。
                     


                    今日の最初の目的地は羅東(ルオトン)駅。花蓮発の宜蘭行の復興号という、個人的にマニアックだと思う運用があったのでチョイス。乗客は少ないだろうと指定席は取らずに乗り込んだ。
                     




                    以前にも触れているだろうけれど台湾鉄路の列車等級をもう一度整理しておきます。

                    特急→自強(ツーチアン)号。前後に流線型の電気機関車で客車を挟んだPP編成、非電化区間への直通は気動車が用いられる。「太魯閣」や「普悠瑪」といった名前の付いた電車編成の場合はそう表記される。
                    急行→莒光(チュィコワン)号。機関車牽引の客車列車。
                    準急→復興(フーシン)号。機関車牽引の客車列車。莒光号より旧式の車両にて運用される。
                    普通→区間。区間列車は冷房付きの電車、気動車にて運用。
                    普通→普快。区間列車のうち、非冷房車での運用は普快で表記される。気動車または客車列車で現在は一部区間しか運用が存在しない。

                    時刻表を眺めると復興号の運用が限定的なのがわかる。台北を通る復興号は週末に3往復だけ。土日に南廻線に1往復。毎日の定期列車は花蓮〜羅東、花蓮〜宜蘭の2往復だけなのだ。(2014年1月当時)

                     




                    乗り込んだ復興号は案の定ガラガラ。どうして走らせているのだろうかと思うほどのガラガラぶりで、客車の長大編成がもったいないなと思いながら乗っていたのが大間違いだと気付くまでには時間はかからなかった。

                    機関車を撮影して機関車次位の車両に乗り込んでガラガラを満喫していたのだが、最初に停車した新城(シンツェン)駅から団体が乗車してきて満席。座席を移動しようとするも各車とも満席。席を探して後尾まで移動する羽目になってしまったのだ。新城は太魯閣渓谷の玄関口。この列車は太魯閣渓谷を訪れた観光客が次の目的地の宜蘭に移動するため列車、ツアーに組み込まれた列車として存在しているようだ。この特異な運用に乗車してみて理由が判明した次第である。多くは大陸からのツアー客のようで車内は一気に喧騒に包まれた。

                     


                    団体の乗車で最後尾の車両に追い込まれ、後ろにもう一両付いていた車両は電源車だと思っていたのだけど、羅東に降り立ち確認したら車運車だった。レアな車両を団体様のおかげでじっくり撮影できたのでした。
                     




                    さて羅東。今度は森林鉄道の痕跡を見に降りたのでした。かつてはここに森林鉄道が接続しており、一駅隣の竹林駅跡周辺が記念公園になっているとのこと。
                    駅から線路に沿うようなかたちで勘を頼りに北に進むと公園の入り口が。通りを進んでいくと竹林駅舎が。きれいに復元された駅舎を中心に保存車輛などが並べられ公園としてしっかり整備されており、幼稚園児たちが遠足に訪れていた。家族連れも多くピクニックの場所としても賑わっていた。

                     










                    公園内を一巡。人が多くて形式写真の撮影もままならないけれども、こうして人々に愛される公園として鉄道史跡が残っているのは嬉しいことだと思う。
                     










                     

                    公園を後にして駅へ。昨日に引き続き珍奇な看板を発見したのだった。
                     

                     

                     

                     

                     

                     


                    おかげさまで「テツトヒト」は今回で通算100回に及びました。隔週ペースでの連載ですから無理なく続けてこれたものとも思っています。自分の旅を書き連ねていたものが、むしろ今ではこの連載の為に旅に出ている趣きに変化してきています。しかし、旅に出る理由があるというものは良いものです。この調子で続けてまいりたいと思いますので、本連載に付き合って頂いている皆さんに御礼申し上げますと共に、これからもお引き立てのほどよろしくお願い申し上げます。

                    そして、2015年度が終了しました。今年の海外鉄道乗車キロ数を報告しようと思います。

                    2015年 2月  韓国    1185キロ
                    2015年 2月  タイ      44キロ

                    2015年 8月  タイ    2079キロ
                    2015年 8月 ラオス       7キロ
                    2015年 8月  台湾      73キロ
                    −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                    2015年  計 4ヶ国    3388キロ

                    という結果に終了しました。
                    2016年度は果たしてどうなる事でしょうか。
                    既に決まっている予定は2月に「バンコク〜チェンマイ」と「ハノイ〜ハイフォン」の乗車です。これだけで1500キロほどは稼いでしまう予定です。

                    未だ収録していない旅もいくつかあります。マイペースすぎて時間が経ってしまい、即座に使える情報にはならなくて申し訳ないと思いつつも淡々と進めてまいりますのでよろしくお願いします。

                    それでは次回、台湾の旅は温泉地からお会いしましょう。

                     

                     

                     

                     


                    99号車 何度目かの台湾・8 【 光華号→優しいおばさんの宿 】

                    0

                      15時6分、瑞穂(ルェイスェイ)駅に「普快4675列車・花蓮行」が入ってきた。
                       
                       

                      1966年の導入時には「光華号」として華々しくデビューし、その俊足で台北と高雄の距離を縮めた車両だ。どことなく日本で見たことがあるような顔つきなのは東急車輛製だからだ。くすんでしまっているがステンレスのボディーであることが今日まで現役で走り続けてこられた理由だろう。
                       







                       

                      乗り込むと乗客は前の車両に数人。誰もいない後ろの車両に乗り込んで貸切気分を満喫。座るのは当然展望席だ。
                      台湾の気動車は半室運転台を採用しており、助士側は妻面まで客席が並んでいるのだ。そうはいっても車端部の座席は乗務員の使い勝手の問題からか「車長座位」と書かれていた。長大編成を組んで走っていた頃は必要だったのだろうが、2両で走っている今は必要ないのだろう。この座席を転換させて後展望を楽しんだのだけれど、「車長」がやってくる事はなかった。

                      列車は電化工事の最中にある台東線を軽快に北上していく。日本と同じく電車規格に合わせるためにホームの嵩上げ工事が行われ、場所に余裕のある駅では新たなホームを作って切り替えていた。一部の区間では複線化工事も行われていた。暴れ川ゆえに鉄橋ではなくトンネルで抜ける河底トンネルが2つあるのだが、既に複線の新線に切り替わっていた。

                       



                       

                      途中の豊田(フォンティエン)駅から学校帰りと思わしき子供たちが乗り込んできて車内は一気に賑やかになった。彼らの指定席に自分が座ってしまっていたようで、車内はガラガラなのに周りが子供だらけになってしまった。そうして賑やかなままに終点の花蓮(ホアリエン)駅に到着。
                       





                      2度目の花蓮。今回は旧花蓮駅の場所にある鉄道文化園区にもう一度立ち寄っておきたいなと思ったので、その周辺の宿に泊まろうと思い、ガイドブックから「金龍大旅社」に目星をつけた。「フロントのおばさんは日本語が上手でとても優しい」と書いてあるのも興味深い。

                      駅から宿のあるバスターミナルを目指してテクテク歩く。新駅から旧駅へは1キロちょっとあるのだが、街並みを見て歩きたいなと思って歩き出して後悔した。薄暮れから宵闇になり始めた花蓮の街。そこに帰宅ラッシュが始まりバイクが四方からやってくるので歩きづらい。歩いて得た収穫は1軒の理髪店だけだった。

                       



                      ようやく目的の金龍大旅社に到着。フロントには誰もいない。が、呼び鈴を押すまでもなく横の扉から件のおばさんが出てきた。1階の乾物屋さんがこの宿を経営しており、乾物屋の前をザックを背負って通った自分はチェックされていたのだ。日本語が上手なおばさんに宿泊の手続きをしてもらい投宿。2階の角部屋をあてがわれた。室内はレトロな雰囲気というか昭和40年代だ。タイルの浴槽に出会い嬉しくなってしまう。しかしながらあまりにも日当たりと見晴らしの良い浴室はカーテンを閉めて入らないと眼下のバスターミナルから丸見えなのだ。そこがトイレだと知られていなければ、窓辺に佇む人としか思われない。景色を眺めながら大用が足せるではないかとも思ったのだが、そんな勇気はなかった。そして典型的な「箱モノが先にできて後から部屋割りをした」造りなので、窓割も合っていない。ベッドの頭上の左側の窓を開けると壁を隔てた廊下の窓も開く。右側の窓を開けると浴室の窓も開く。廊下の音と浴室の音が頭上に届くシステムなのだ。台湾でこうした宿に泊まるのは2度目なのでもう驚かない。
                       
                       






                      荷を解いて夕食をとりに街へ。2度ほど売り切れ御免の憂き目にあったワンタン屋「液香扁食店」にトライ。今回やっと食べることが出来た。
                       





                      うむ。知っている味だ。前2回の売り切れの際に姉妹店と言われる店で食べたものと同じだ。やっと食べることが出来たのだけれども、これといった感動が起きてこない。ワンタンだけではお腹が満たされないので宿のおばさんに最近人気だと聞いた肉まん屋へ。2店舗並んだ肉まん屋。どちらも行列ができており人気店がどちらなのか判らない。ので、気分で決めて食す。
                       









                       
                      宿の前まで戻るとバスターミナルの向こう側が明るく賑やかなので覗きに行く。露店は明日からとの事だったが、提灯祭りのようなものが行われていたので散策。子供たちの作った提灯の中に同好の志の作品を発見。子供のころからこの調子だと将来は運転するところまで行くぞと忠告しておきたい。ついで石芸大街というお土産センターのようなモールで阿美族のショーが行われていたので見学。

                      宿に戻るとおばさんに捕まった。とにかく日本語が流暢。年のころは母親より少し上だろうか。日本の統治時代に生まれた人だとしても若く見える。両親の日本語から身につけたのかもしれない。メンタリティ的にも日本人のようで、もしかしたら生粋の日本人なのかもしれない。そんなおばさんと日本と台湾の情勢や、早く嫁を貰えと諭されたりとしばらく話し込む。心がほっこりとして、なんて良い宿に泊まることが出来たのだろうと気持ちよく床に就いたのでした。

                      Wi-Fiなどはもちろん無く、設備の古さと安宿なりの不十分さは感じますが、そうした雰囲気を楽しむことが出来る人であれば、花蓮の宿選びで悩んだ時には是非ともおすすめしたい宿です。女性の一人旅でも心強い宿ではないかと思います。

                      金龍大旅社 1泊800NT$(2014/01当時)

                      https://www.google.co.jp/maps/place/%E9%87%91%E9%BE%8D%E5%A4%A7%E6%97%85%E7%A4%BE/@23.9745869,121.611098,15z/data=!4m2!3m1!1s0x0:0x60049817327dedbd?hl=ja


                       

                      | 1/4PAGES | >>

                      プロフィール

                      profilephoto
                      齋藤彦四郎
                      隔週木曜更新。
                      電車で喰えているので、電車マニアではありますん。

                      selected entries

                      categories

                      archives

                      recent comment

                      links

                      profile

                      others

                      mobile

                      qrcode

                      powered

                      無料ブログ作成サービス JUGEM

                      PR