128号車 タイ東北線攻略の旅・3 【 国境越えの鉄路 】

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    こんにちは。昨日タイより帰国しました。今回はカンタン線とキリラッタニコム線、そして投入されたばかりの中国製の新製寝台車に乗ってきました。このブログは全くタイムリーではないので、いずれ報告しますね。冬の身体で夏な場所に行ってしまったものですから、暑さに追いつけなくて大変でした。その暑さに慣れたころに日本に帰ってきたものですから寒くて腹立たしいです。今日なんて積もらないまでも雪が降っているんですよ。年間を通して春か秋な場所に住みたいものです。

     

    ブログの仕様が変わったようで、今回から写真が大きくなります。

    さて、本稿に戻ります。

     

    乗り込んだノンカーイ行69列車は定時に発車。編成は

    機関車・ニ・ハザ・ハザ・シ・ロザ・ハネ・ハネ・ハネ・ロネ

     

    20時発なので既に寝台はセットされており、端から寝台で過ごすことに。寝るには少し早いのでカーテンを開けたまま読書をして過ごす。通路向こうの上段寝台にいるバックパックを担いだ青年は明らかに日本人。初めての一人旅という風情だったのだけれども、一人旅の楽しみを壊しちゃいけないとしばらく声をかけずにいたのだが、途中駅から乗り込んできた欧米人が荷物の置き場で揉めていたので、彼に荷物の置き場を変えてあげてと声をかけると「日本人だったんですか!」とばれてしまった。「うん、まぁ」と濁して就寝。海外に出ると黄色人種は言葉を発しないと区別がつきにくい。しかして慣れてくると微妙な顔つきや持ち物・服装で判断はつくようになるのだ。

     

    翌朝、列車は定刻通りにノンカーイに到着。一雨降ったようで地面は濡れ、立ち昇る水蒸気で蒸していた。

     

     

    向かいの寝台の青年から声をかけてきて、これからラオスに向かうという。ならば一緒に行こうという事になった。彼の名はT君。中国の広州で日本人学校の幼稚園の教諭をしており、休みで旅行に来ているとの事。

     

    69列車に合わせて国境を超える列車があるはずなので駅舎の時刻表を確認。国境越えの913列車は7時半の発車。15分で終点、ラオスのターナレーン駅に着く。

     

     

     

     

    ホームの北端に2両編成の913列車は停車しており、その手前のホーム上にイミグレーションがある。ここで出国手続きをして、あの列車に乗らなかったらどうなるんだろう。出国手続きをせずとも簡単に乗れる状態にある列車もまた不思議な存在である。

     

     

     

    そうして列車はノンカーイ駅を発車。列車はタイ・ラオス友好橋に入って行く。

    この友好橋が気になって仕方がなかったので今回の旅を計画したのだ。メコン川に架かる友好橋。1994年に開通したこの橋は併用橋として建設されていて、2009年になってやっと鉄道の運行が始まったのだ。併用橋や併用トンネルといったあまり見かけないものは、是非見ておきたい性分なのだ。

     

     

     

     

    いよいよ列車は併用橋へ。列車は中央部に敷設された線路を走る。鉄道運行時は自動車は通行止めとなる。橋の中央に両国の国旗が掲げられ、国境であることを示している。歩道はあるけれども徒歩での越境は禁止しているが、国境部までは歩いてこれるそうだ。

     

    車内では検札とパスポートのチェック。これが唯一の密入国阻止の手段な気がする。

     

    ラオスには鉄道が無い。この国境越え、6キロ弱の路線のうちの半分が唯一のラオスを走る鉄道なのだ。タイ国鉄が運行する1日2往復の列車。なかなかの風情だが、ラオス側のターナーレーン駅がビエンチャンから30キロほど離れており、アクセスが至極悪い。なので物好きな人を除いてはビエンチャン行のバスでこの橋を渡っていくのだ。

     

     

     

    物好きを乗せた列車はラオス唯一の鉄道駅であるターナーレーンに到着。ホーム上にあるイミグレーションで入国の手続き。同じ列車に乗り合わせていた人達が入国カードをもらって記入していたので、入国カードをもらおうとすると、「君たち日本人は不要だ」との事で、入国税を40バーツを払ってスタンプを押してもらってあっさり入国。

     

    国境というものの物々しさを感じない駅のホーム。数分前までと違う事はパスポートにラオスのスタンプが押されたという事だ。

     

    ここでS君が声をかけてきた。大学生で昨夜はノンカーイに泊まって同じ列車に乗ってきたそうだ。駅の周りには何もない。駅前で列車を降りてくる乗客を待ち構えていたバンのドライバーと交渉。ビエンチャンまで一人100バーツだという。相場が解らないので高いのか安いのか判断はつかないが、30キロの距離を300円で行ってくれるなら安いのではないだろうか。そうして日本人3人はバンに乗り込み、街に続く泥だらけの悪路をバンは走っていくのでした。

     

     

    ちなみに、一緒にバンに乗っていた地元のおばちゃんは、もっと安く乗っていたのは言うまでもない。

     


    127号車 タイ東北線攻略の旅・2 【 まだバンコクなのです 】

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      明けて8月5日。窓にはフアランポーン駅。起き抜けに駅を眺められるなんて最高だ。

       

       

       

      これまで毎日のようにいくつもの駅で寝泊まりしているけれども、起き抜けに俯瞰で優雅に駅を眺めるようなことはあまりなかった。なぜなら寝ているのが駅の中で起き抜けに仕事を始めているからだ。旅は良いものだ。こうして好きなものを時間にとらわれずに眺めることができるのだから。

       

      起き抜けに外気に触れる。この清々しさを知るとベランダのある宿じゃないと満足できないようになってくる。喫煙者なのでベランダは必須なのだが、それ以上に朝のこのひと時の為に必要なのだ。ぼんやりした頭で、今日はどこで何をしようかとタバコを燻らせながら思案するひと時が楽しいのだ。例えそれが湿度も気温も高くてドブの臭いが立ち昇るフアランポーン駅前のホテルであってもなのだ。

       

      朝食付きのプランなので1階のレストランへ。パンか粥かを選べるので粥をオーダー。これを食べてあらためてタイに来ているのだなと実感する。

       

       

      朝食を済ませて駅へ。今夜の寝台列車のチケットを無事に確保。下段が売り切れていたのは残念だけれども寝るだけなのだから良しとする。各地から到着した夜行列車をチェックしたりして宿に戻る。

       

       

       

       

       

      荷をまとめてホテルを出る。1泊しかしないのは非常に惜しく感じるホテルだ。立地といい、レトロな風情といい、これからのバンコクの定宿にしたいと思う。

       

       

       

       

       

      そんな名残惜しさを感じながら向かったのはフアランポーン駅。どんだけ駅が好きなんだよ!というわけではなく、手荷物預かり所に荷を預けるのだ。構内の隅にあるそこは改装されて綺麗になっていた。

       

       

      フアランポーン駅からは地下鉄とスカイトレインとを乗り継いでサイアム駅へ。地下鉄の構内には見覚えのある会社の広告が。いずれバンコクからチェンマイへ新幹線が走る日が来る。はず。の予定。きっと。たぶん。

       

      そして目的地のMBK、マーブンクロンセンターへ。大好きなんだここが。バンコクでは観光なんてしないで一日中ここで過ごしてもいいくらいだ。という嘘をついてもいいくらい面白い。だって、普通にパチモノとか売ってるんだぜ!雑多なお店が入っていて、クーポン制のフードコートも幾つかあるので食事にも困らない。まともで安全なものが欲しければ、中にある東急ストアでお買い物すればいいのだ。

       

       

      そんなMBKで波照間エロマンガ島さんhttp://rive-gauche.jugem.jp/と合流。ニヒル牛マガジンの執筆者の一人としてお馴染みの方だ。2月にチェンマイでお会いしているので半年ぶり。互いの近況などを話しながらオッサン二人でブラブラ歩く。

       

       

       

       

       

      渡船でクロンサン市場に渡ったところでエロさんと別れる。クロンサン市場は細長い場所に店舗が密集して並んでいる。市場の先の道路を進んでいくとウォンウェアンヤイ駅に至る。かつてはマハーチャイ線の駅だった場所にクロンサン市場があるのだ。

       

       

       

       

       

      フアランポーン駅に戻り列車の入線を待つ。早めに入線するであろうから、預けていた荷物を引き出し、寝台に荷を置いて夕食を済ませ、駅のシャワールームで汗を流してから冷房の効いた寝台でぐっすり眠る算段だ。

       

       

       

       

       

      算段通りに事を進める。荷を置いて駅舎を眺めながらいつもの駅前食堂で夕食を済ませる。そうして列車に戻り、お風呂セットと着替えを取り出して、勇んでシャワールームへ。ここでシャワーを浴びるのが好きなのだ。前回は改装という憂き目に遭ったが、今回は改装が済んだ綺麗なシャワールームで汗を流すことが出来た。

       

      そうしてやっとバンコク発ノンカーイ行69列車の車中の人となったのである。

       


      126号車 タイ東北線攻略の旅・1 【 アップグレード 】

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        あけましておめでとうございます。2017年も「テツトヒト」をご愛読いただければと思います。お気づきの事でしょうが、全くタイムリーでない旅行記を本年も遅々と綴ってまいりますのでよろしくお願いします。

         

        さて、これを書いている今、近所にカイリューが出現しています。カイリューとはポケットモンスターの一種で、かなりの強さを持ちうる種です。ポケモンGOに夢中なので原稿とか書いている場合ではないのです。だけども我慢して書き進めたいと思います。

         

        検索から飛んできた皆さんには分かりづらいかもしれませんが、このブログは「ニヒル牛マガジンhttp://nihirugyubook.but.jp/magazine.html」の一つとして掲載しています。そもそも「ニヒル牛マガジン」という字面的にもおかしなものは何ぞや?と思うでしょう。

        字面的におかしな「ニヒル牛(ぎゅう)http://nihirugyubook.but.jp/index.html」というお店が西荻窪にあるのです。その字面的におかしな店に出入りするおかしな面子の一人として旅行記を任命されて現在に至っています。他の連載陣が定期更新を疎かにしがちの中、ビタ一文ももらっていないのに隔週欠かさず更新しているわけですから、そうした律義さというか頭のおかしさを買われたのでしょう。

         

        連載陣の半数は知り合いなのですが、

        「奥山商店の〜http://oqyama.jugem.jp/」の奥山氏に質問があるのでここで書いてみたいと思います。

        奥山氏はブログをアップした際にTwitterでつぶやいているのですが、全く不定期な更新をしていやがるのに「隔週月曜日更新 奥山商店の〜」との書き出しでtweetしています。隔週でもないし月曜日でもないのにです。彼女を知っているものからすれば奴らしい天然ボケなのかもしれないとも思うのですが、そもそも「隔週月曜日更新」の意味を理解していないのかもしれないという疑惑も湧いてきます。

        もしくはかつて販売されていたサンヨー食品のカップ麺、登場から終売までずっと「新発売!」とCMをしていて不思議だった「ケンちゃんラーメン 新発売!」が新発売まで含めて商品名だったというように、「隔週月曜日更新」も含めてブログタイトルなのかもと思ったりしたのですが、そうではないようです。

         

        というか奥山、こっちはポケモン捕まえに行くのを我慢して記事書いてんだ。隔週でも月曜日でもないのに「隔週月曜日更新」とか書くなボケ!と、今度当人に会ったら伝えたいと思います。

         

        さて、ポケモンを捕まえに行けない悔しさに惑わされているので本題に戻りたいと思います。ニヒル牛界隈ではご存知の方も多い「カブラギ」さん。数年前まではPCも携帯電話を持っていなかったのですが、ある日スマートフォンを持った途端に進化を遂げました。Twitterを使いこなし始めたころはうるさいくらいに蝶々の事をつぶやいていたのですが、今では「ポケモンおじさん」と呼ばれるほどにポケモンGOに夢中で、tweetも概ねポケモン関連。とにかく一貫して興味のある事だけを発信しています。そしてポケモンGOは高いレベルに達しているようです。それは仕事柄移動が多いからだと思っていたのですが、仕事中は電源を切って仕事に集中しており、仕事の後、そして早朝に起床して仕事前にポケモンを捕まえに行っているようです。そのストイックさは敬服に値することであり、同じくらいどうかしていると思います。

         

        ポケモンに夢中な私には一抹の不安があります。今や世界各地でポケモンがゲットできるんだぜ!既に手元には台湾の高雄やミャンマーのラングーンて書かれたポケモンがいるんだぜ!旅先で景色も見ずにスマホ片手に歩き回る自分が想像できて恐ろしくてたまりません。嗚呼どうしよう…。

         

         

         

         

        いよいよ本題に戻ります。このブログは海外の鉄道旅行記をテーマに執筆しています。という事は連載を続ける限りはネタを拾いに海外の鉄道を乗りに行かなくてはなりません。逆にそれを理由に日本を発っているのですが、ビタ一文もらっていないのに自分でもよくやるなと思います。そうしているうちにネタのストックが怪しくなってきました。たまにはゆっくりバカンスしたいよなぁ。とも思うのですが、それはそれで後悔すると思うのです。

         

        なので、タイ国鉄の全線走破を目指して細かくつぶしていこうと2015年8月にバンコクに向けて飛び立ちました。

        いつものように勤務を作成していくと8月上旬に連休を取れそうな気配。早速万象繰り合わせて勤務とチケットを手配。今回もチャイナエアラインの台北経由です。

        仕事を終えて一旦帰宅し、荷物をまとめて成田へ。夜のフライトなのでバンコクまでいずれも通路側の席を押さえてもらって機中へ。

         

         

        フライトは若干押して台北着。1時間10分の乗り継ぎが30分ほどに。急いで乗り継ぎの保安検査を済ませ、搭乗ゲートに向かう前に喫煙所にダッシュ。桃園空港の喫煙所は端にあるので大変なのだ。空港の構内を覚えてしまうほど桃園空港にはお世話になっているので、迷わず辿りつけるのがこうしたときにありがたい。そして一服したいがための乗継便の選択。時間はかかるけど一服できて安いのだもの。チャイナエアラインのおかげで僕は毎回こうして楽しく飛べているのだ。ありがとう!

         

        搭乗のコールがかかる中、急いで一服してからゲートに向かう。ほとんどの人の搭乗は済んでおりゲートに並んでいる人はわずか。チケットを差し出すと警告音。「ワー、俺なにかしたか?」と一瞬焦るも、チケットの座席番号が「20J」から手書きで「4J」に書き換えられた。成田で押さえた席が振替になったようだが、通路側であるので問題ない。警告音に焦ったが、これだけの事だったので問題なし。快く引き受けて搭乗。

         

        機内に入るとエコノミーは右に曲がるのが通常なのだが、左に曲がれと言われる。ハタとチケットの番号を見る。一桁なのだ。これはビジネスクラスじゃないか!

         

        棚から牡丹餅でビジネスクラスにシートがアレンジされました。むろん機内食のサービスもビジネスクラス。初めて陶器のお皿で機内食を食べたよ!足を延ばしても前の席に当たらないし、故にシートポケットにものを入れるには立ち上がらないと手が届かない。ビジネスクラスって素敵!

         

         

        察するに、成田搭乗時に台北〜バンコクの座席も押さえるのだが、それは台北からの乗客のシートオーダーが始まるよりずっと前の時間になる。台北でのシートオーダーが始まったときに、家族か団体客を並べるのに支障したのだろう。こうした場合に動かせるのは単独客。ならば常連の会員客となる。こうした判断から自分が選ばれたと推測される。移席にあたってはアップグレードであれば異論は無いだろうということでビジネスクラスになる事は定石だ。もしかしたら今回の旅の運をここで使ってしまったのではないか?という不安もよぎったが、幸先の良いスタートだと考えることにして、心地よいシートで熟睡して0時半にバンコクに着いたのでした。

         

        空港でSIMカードを購入。299バーツ。千円ちょっとで滞在期間中は賄える。SIMフリーの機材を持っているって素敵だ。エアポートレールリンクは終了している時間なので宿まではタクシー。メーターは330バーツで行ったものの、高速料金は別払いなので25、50、50バーツと料金所ごとに支払う。これに備えて少額紙幣を用意しておくと便利なのだ

         

         

         

        フアランポーン駅前のホテルに到着。様々な書籍と言ってもアングラ系なのだが、バンコクで沈没していた人々の歴史に登場する老舗ホテル。怪しさはなく清潔でそこそこのお値段のホテルなので女性でも安心して泊まれるような気がするクオリティー。チープでレトロな趣きとタイらしい大雑把さを寛容に受け止めることのできる方ならおすすめ。なにより自分的には最高な立地なのだ。目の前にフアランポーン駅があるのだから。比較に値するそれは存在しないのだが、東京駅前の老舗ホテルなのだ。

        バンコク中央駅の機能をバンスー駅に移転する計画がある中、その時が来た時にこの一帯がどうなってしまうかと思うのだが、タイというお国柄ゆえにあまり心配する必要は無いのかもしれない。計画が現実になるかどうかも怪しいし、時間軸がたいそうゆっくりなのだから。

         

        勝手知ったる駅前で飲み物などを仕入れて、早めに就寝したのでした。

         

         


        39号車 マレー半島縦断の旅・12 【南下開始】

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          チェンマイに1週間ほど滞在して、いよいよ帰国の途に。 

          チェンマイ10:15発のフライト。早めに空港に向かおうと8時に宿を発つ。この1週間を一緒に過ごしたチェンマイ逃避組の皆さんは、宵っ張りばかりなので、まだ夢の中の時間だ。
          けれどもEさんとOさんが見送りに出てきてくれた。自分の趣味のために早い時間の飛行機に乗る男を、早起きしてまで見送って頂くなんて、なんだか申し訳ない。

          ソンテオ(乗合トラックバス)を捕まえて空港へ。朝の渋滞を見越して早めに出たものの、すんなりと空港に着いてしまう。

          飛行機は10:15発、タイエアアジアFD4015便。ハートヤイには12:15の到着。空港内で朝食を摂って乗り込む。滑走路を北に向かって離陸した機は、上昇しながら滞在していた宿の真上辺りで機首を180度旋回させて南に向かった。

          で、2時間。タイエアアジアの国内線の飛行機は狭い。
           


          6000円ぐらいで乗れているのだから、列車で2泊の距離を2時間で行ってくれるのだから文句は無いけど、狭い。

          ハートヤイの空港ではタラップで降機。一気に南に下りてきたので暑い。
          さあ、ここからは駅まで何とかして行かねばならない。



          乗り合いのワゴンタクシーがあるとガイドブックに書いてあったので、それに乗っていこう。でもその前に一服だ。カートをガラガラ引きずりながら喫煙所へ。

          飛行機の本数が少ないようで、到着直後には大勢いた人は疎らに。

          さて、駅に向かおうじゃないか!と乗り合いタクシーのチケットを購入。
           


          がしかし、ワゴンタクシーは来ない。先ほど自分の乗ってきた飛行機の到着客を乗せて全て出払ってしまい、その車達が帰ってくるまで次の便は無いとの事。のんびり一服つけているんじゃなかった!

          飛行機は12:35にランディングしたものの、やっと空港に戻ってきたタクシーが発車したのは14:07。



          そのタクシーは、乗り合わせた乗客を空港から近い順に降ろしていく。様々なホテルなどに立ち寄り、途中トゥクトゥクにぶつかりそうになりながら、駅前を通り過ぎて市街地に入っていく。
          (タクシーが左方を確認せずに動き出したので、隣にいたトゥクトゥクのドライバーが怒りながらタクシーの窓ガラスを叩いて危険を知らせた直後の写真。自分の真横の窓をバシバシ叩かれたので驚きました)



          ハートヤイのトゥクトゥクはオート三輪じゃなくて軽トラ。ダイハツのハイゼット。客席の形状はソンテオのようだ。



          このあたりはムスリムのエリアになるから、やはり女性の服装が違う。



          なんて思って街を眺めながら、もしやドライバーに自分の存在を忘れられてるのではないかと思い始める。駅のそばを通るも、どんどん駅から離れていっているのだ。そして案の定、他の乗客は全て下車し最後の一人に。するとドライバーはどこまで行けば良いのか尋ねてきた。

          そうか。私の行き先を忘れちゃったのだね。そういうことなのだね。



          無事に駅に到着したのは14:45。空港から駅まで、時間的に遠かった。

          空港はハートヤイ(Hat Yai)駅はハジャイ(Haadyai)どちらが本当の地名なのだろう。列車の切符にはハートヤイで記入されているけれども、自分はハジャイのほうが語感がジャイジャイしているので好きです。

               



          列車の発車まで1時間ほどしかないので周辺の散策は諦めて、とりあえず列車が入線しているかを確認しようとホームに出る。



          ホームの間は地下道で結ばれているけれど誰も使わない。むしろ不気味。
           


          ホーム間の線路横断は危険なので線路間にフェンスが張られている。
          人々はフェンスの空いている場所の線路を渡っていた。
           


          ここはタイだ。そういうことなのだ。地下道はホームに列車が入っていて渡れないときに使うものなのだろうな。それでも皆さん列車の車内を通って渡るだろうけれど。

          で、乗るべきクアラルンプール行きの列車はどこですか。

          一番奥のホームの隅に3両編成でいらっしゃった。電源車・寝台車・座席車の3両。これに機関車がついて4両編成。客車は実質2両。

          呪文で言うと、機・ハザ・ハネ・電源
           


               

               



          ホームに敷かれたゴザの上で子供が寝ています。
           


          本当にこれはクアラルンプールまで行く国際列車なのだろうか?不安がよぎる。しかし予約した寝台は存在しているし、マレーシア国鉄の車両だから間違いはない。ホームにはマレーシア国鉄の乗務員さん達が発車までのひと時をノンビリとくつろいでいらっしゃる。

          そうこうしているうちに、シンガポールから北上してきたE&Oが入線してきました。相変わらず無駄に長いと思わせる編成。1両に2〜3部屋、食堂車が2両くらいにラウンジ車やスタッフ車両があるので長くなってしまうのですね。日本のカシオペアやトワイライトなんて及びもしない、豪華列車のピンにカテゴライズされる列車。









          オリエントエクスプレスのアジア版。鉄道会社ではなくオリエントエクスプレスホテル社が運行するイースタン&オリエンタルエキスプレス。定期列車ではなく、ツアー列車としての運行なので運転日とコースに注意が必要です。

          車両はニュージーランド向けに製造・輸出されたものを改修して使用、信頼の日本製。ご予約はこちらからhttp://www.orient-express.com/web/eoe/japanese-train-eastern-oriental-express.jsp

          BSの番組でこの列車の旅を放送していて、それを見た両親が乗りたがっていました。場合によっては乗りかねないので、そのときは御相伴にあずかりたいものです。が、ドレスコードのある列車なんてちょっと嫌だ。電車バカとしては新婚旅行とかなら乗っても良いかも。

          豪華な国際列車、E&Oとは対比的な我が列車。E&Oが食材などを積み込む為に停車している間に機関車が連結されました。



          先ほどのホーム上で寝ていた子供のお母さんが来ていました。
          どうやらマレーシア国鉄の乗務員であるお母さん。子連れで仕事をしているようです。



          そんな微笑ましく、ゆるい感じの国際列車に乗って、クアラルンプールに向かう。なんだかワクワクしてきました。

          38号車 マレー半島縦断の旅・11 【バンコク到着】

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            目覚めると見たことがある景色。昨年9月に訪れたナコーン・パトムの駅に入っていく所でした。時刻は8時を過ぎたところ。列車は30分ほどの遅れでバンコクのファランポーン駅に向けて複線区間を快走します。

            さあ朝飯だ!売りに来たのは




            うわ、またこれだ!でも目玉焼きが卵焼きになってる!50バーツ。

            ファランポーン駅に向かう列車が集まり始めたのでしょう。みんなして遅れて来るから線路が詰まってしまい、チャオプラヤー川を渡る手前からノロノロ運転に。右に大きくカーブしてパホンヨーティン駅、バーンスージャンクション駅と進み、見えてきたいつものスラム街。



            いよいよファランポーン駅、50分遅れで10時05分に到着。




            夕刻のチェンマイへの夜行列車の切符を購入して、早速シャワールームへ。2日ぶりの入浴です。泡立たない身体を2度洗いして泡立たせサッパリと。
            いったいこの駅のシャワールームには今まで何回入り、そしてこれからどれくらいお世話になるのだろう。ホームの先端のトイレにもシャワールームがあるのだけれど、そちらもそのうち試そうと思いつつも、やはりここに来てしまうのだなぁ。そして荷物もいつもの預かり所に託しました。

            今夜はチェンマイ在住(当時)のEさん(参照→http://rive-gauche.jugem.jp/)がバンコクに所用で来ているので、夕刻に合流して一緒にチェンマイに向かうことになっているのです。
            それまで暇です。
            かといって、バンコクの何処かに行こうという気が全く無い。日本を発つときからバンコクでどう過ごすか思案していたのですが、観光地には全く興味が無いので、バンコクの秋葉原と呼ばれる(実際にはもっとディープな場所は別にあるらしい)パンティッププラザに行くことにしました。

            パンティッププラザは、ビルの中が電気街になっている建物でチェンマイにもあります。今回は両方を覗いてみて比較したいと思った次第です。


            地下鉄に乗ってスクンビット駅へ。BTSに乗り換えてチットロム駅に向かいます。



            チットロム駅からは徒歩で向かったのですが、とにかく暑い。クアラルンプールに降り立ち、シンガポールを経て、どうにかしてるだろうと言う経路でバンコクに着いたのですが、やはり冬の身体は、未だ日本の夏以上の気候に追いついていないようです。途中のスタバで小休止をとりつつ、スタバの高さに憤慨しつつパンティッププラザを目指します。

            セーンセーブ運河を渡ると水上バスが運行していました。この橋を越えて左に折れて少し歩くとパンティッププラザに到着です。



            中に入ると、中央が大きな吹き抜けになっており、びっしりと電気屋さんが立ち並んでいました。
            自分が日本人と見るや早速日本語で客引きが寄ってきました。

            「オニイサン、エロビエロビ!ポルノあるよ!」

            日本人はここに何を買いに来ているのでしょうか?
            いや、エロは世界共通なのだという事でしょうか。手っ取り早く稼ぐにはエロだという事なのでしょう。あいにくそれらの物は売るほど持っているので要りません。

            パンティッププラザには、Wifi用のアンテナを探しに来たのです。我が家のアンテナが弱いので、日本国内では販売禁止となった機械についているアンテナがえらく長いので、そのアンテナだけを買えば少しは電波が飛ぶのではないかという寸法なのですが、日本で買うより高いことが判明。結局買わずに、手持ちのUMPC用の英字キーボードを買いました。

                 

            さほど怪しいお店は無いのですが、プリンタのインク屋さんが気になりました。プリンタの詰め替え用のインクを瓶で売っていて、ここまでは日本でも見かける話。日本の上を行っているのが、プリンタの側面に瓶を直接差し込めるカスタムを施していて、インク切れ知らずのプリンタになっているのに驚きました。これは日本でやったら捕まる気がします。

            昼食はパンティッププラザ内のクーポン食堂で。旨そうなものを指差しでチョイス。何のどの部分の肉か解かりませんでしたが旨かったです。しめて85バーツ。



            ひと通り館内をウロウロして15時過ぎにパンティッププラザを出ることに。さて、ここからどうしたものか。屋外はキチガイのように暑い。さりとて駅には戻らなければならない。タクシーやトゥクトゥクは高いだろうしと思案。結局パンティッププラザ前に居たモーターサイ(バイクタクシー)と交渉。100バーツとの事。高いのか安いのか解からないので迷ったけれど乗る事に。

            バンコクの街中をかっ飛ばし、車の隙間を縫って走るバイクの後ろに乗る事ほど怖いものは無いですな。というのが感想。モーターサイはラーマ1世通りの高架橋でファランポーン駅の先の線路を越えて左折し、駅に向けて走りだしました。ここでふとジュライホテル跡を見てみたくなり、バイクを止めました。「まだ駅じゃないよ」と訝しがられましたが、ジュライロータリーまで歩いて行きたいのだと告げて下車。

            降りた場所の目の前には廃車体を利用した幼稚園らしきものが。



            そして軌道戦車も。



            ちょっとした鉄道博物館なのかもしれません。

            そんな事よりジュライロータリーに向けて歩き出しました。さて、どうしてジュライホテル跡を目指したのかと言うと、下川裕治さんやクーロン黒沢さんの著作に頻繁に出てくる場所であり、現在はカオサンに移ったバンコク沈没組の本拠地、黎明期の沈没組の巣窟だった場所がどんなところなのかを見ておきたかったのです。

                 

            こうした地方色バリバリのトラック(懐かしい、いすゞのTX系)などが居たりして、いやがおうにも期待は高まります。暑いけど。

            で、到着した聖地。



            建物は健在。ホテルは廃業しています。ただそれだけ。このジュライホテルに纏わるカオスを知りたい方はこちらを参照下さい。
            http://www3.ocn.ne.jp/~epoch/asia/

            続いて、ジュライホテル同様バンコク沈没組に愛された楽宮旅社跡へ。地玉の歩き方のマップにも掲載されているのでビックリ。洒落なのか本気なのかは解かりません。1階の北京飯店が目印なのですぐに解かります。



                 

            楽宮旅社跡から駅はすぐそこ。汚いドブの様な運河を渡り、駅構内でマニア活動。工場では車両の塗色変更が行なわれていました。





            裏口からそのまま構内へ。雑な線路のつなぎ方が素敵。

                 


            日本の中古車を展望車編成に改造したようで展示していました。それよりも左手に写りこんでいるホーム上の青空理髪店に誰か挑戦して頂きたい。駅構内で毎日営業中。自由すぎて素敵。







            構内を探検していると、今夜乗る列車が既に入線していたので撮影。荷物車と食堂車、最後尾の1等車以外はJR西日本から購入した中古車両で、一部が塗色変更をしていました。


            そうこうしているうちに、Eさんとの待ち合わせの時間が近づいてきました。シャワーを浴びて乗車に備えての準備です。

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            この日はSP13列車でチェンマイに向かいました。以降の旅については7号車(http://hiko4rou.jugem.jp/?eid=8)を参照下さい。

            次回からは帰路、マレー半島の南下を開始します。


            37号車 マレー半島縦断の旅・10 【タイ深南部】

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              バイクタクシーに5分も乗ったでしょうか。スンガイ・コーロクの駅が見えてきました。
              ホームにはちょうど列車が到着し、機回しを始めたところでした。時刻は12時半になろうとしています。
              折り返しは自分が乗ろうと予定している列車になるのでしょうか。寝台車は取れるだろうか?早く切符を買わなければと気が焦ります。

              まずは両替です。バイクタクシーのオッサンに聞くと駅前の店を教えられました。
              タイ深南部の国境の駅前。銀行は見当たりません。商店街などのある開けた方に行けば、もしかしたらあるのかもしれませんが、ガイドブックの地図には表記されていません。暑い中探し回るのも億劫なので、教えてもらった両替屋に向かいました。

              スモークガラスの下にお金をやり取りする小さな窓口があるだけの両替屋さん。元はガレージだった所を店に改装した雰囲気です。
              入れ替わり立ち替わりで人々が両替にやってきます。マレーシアとの国境の町ですからリンギットからバーツへの両替がほとんどです。
              1万円札を差し出すと、中に居たマダム2人は「レートが解からないからちょっと待って」との事。しばらくするとバイクで旦那さんが到着。レートを示され、あまり良いレートではありませんでしたが、田舎町でのこと。
              了承しました。ついでに手元に残っていたシンガポールドルも両替出来るとの事なのでお願いして駅に向かいました。

              切符売り場で「バンコクまで、冷房付寝台の下段で」とお願いすると、席はあったようで即座に発券されました。切符を受け取って発車時刻を確認すると、既に発車時刻は1時間ほど過ぎています。

              「あの列車?」

              目の前に止まっている列車を指差して切符売り場の駅員に尋ねると「そうだ」との由。自分の指定車両は目の前。冷房付の2等寝台車は1両しか連結されていません。何か違和感を感じつつも、発車時刻はとうに過ぎているので急いで乗り込みました。席に座り一息ついて、今日もシャワーを浴びられなかった…。と、汗みどろの体をボディーシートで拭いていると、違和感の理由に気づきました。

              「あれ?自分が乗ろうとしていたのは14時台の列車だったのでは?」

              時刻表を取り出すと、乗り込んだこの列車は1本前の11:30発の快速172列車でした。14時の特急にならば発車まで時間が作れます。

              シャワーに入りたいので荷物をまとめて切符売り場に取って返し、「自分が乗りたいのは14時の特急なのだけれど切符を変更してくれないか?」とお願いしましたが、「満席だ」との返事。
              絶対嘘だ。彼はただ変更が面倒臭いだけなのだ。何故なら、ここはタイなのですから…。
               

              でも、もしかすると本当に運休になっているのかもしれません。タイ深南部は過激派によるテロが頻発しており、日本の外務省は今いるエリアに対しては「渡航の延期をお勧めします」との勧告を出しています。



              http://www2.anzen.mofa.go.jp/info/pcmap.asp?id=007&infocode=2011T212&filetype=1&fileno=1

              鉄道もテロの標的になりやすいので運休も考えられます。そもそも最初に「14時の列車に乗りたい」と指定しなかった自分が悪いのです。列車がバンコクに向かう事には違いありません。特急よりも快速の方がローカルの雰囲気を楽しめるので、それも良いかなと考え直しました。

              結構プラス思考の人間なのでシャワーが浴びれなかった事もう忘れて、列車の発車を待ちます。
              時刻は間もなく13時になろうとしています。列車の発車時刻はとうに過ぎているのですから、準備出来次第、いつ発車してもおかしくありません。なのでスンガイ・コーロク駅は写真にも収めていませんし、構内探検もしていません。せっかく危険だと言われているエリアの最南端の駅に来たのに記録は頭の中だけです。

              しばらくして列車は動き出しました。ここでハタと気づきました。時計を直していなかった事に…。

              時計をタイの時刻に合わせるため1時間遅らせます。
              12時少し過ぎ、列車は定刻より30分ほどの遅れでスンガイ・コーロク駅を発車しました。



              動き出した列車の車内には、時折肩からライフル銃を提げた軍人さんが巡回してきます。テロ多発地帯を走る列車ゆえに、警備要員として乗っているのでしょう。
              物々しい車内の様子とは裏腹に、列車は、ちょっとどうかと思うほどに鈍足です。鈍足にも程があると思い、どうしてこんなに鈍足なのかと考えていると、ハタと気付きました。列車は大きく左右に揺れながら進んでいます。鈍足がゆえに船のような揺れ方なので気付かなかったのですが、路盤がとっても悪い模様。よってノロノロと進まなければならなかったのですな。田園の中のぬかるんだ線路をゴム林を横目に見ながら列車は進んでいきます。
               



              さて、やってきた物売りの皆さんから色々購入。とりあえず飯です。



              朝から何も食べていなかったので、ブランチです。全然ブランチって感じじゃないけど…。40バーツで購入。ボられてる気がするのは書いている今であって、腹が減っていたこの時は気付いていないのは言うまでもありません。
               




              列車はズンドコ進みますが、とにかく暇で仕方ありません。ここで後発組のOさんに電話。国境で免税タバコを購入出来なかったので、バンコクの空港で免税タバコを買ってきて頂けるように依頼。
              タイに居ても携帯電話で日本と通話できるなんて素敵!でも、タイはCDMA方式とGSM方式が混在するエリアなので両方式が使える機種でないと、この便利さは享受できないのですから注意が必要です。そして、使えるからと、うっかり日本と同じようにブラウジングでもした日には後で痛い目に遭います。 【※注;2011年2月当時。現在は海外パケット定額サービスがあるので、接続先キャリアを間違えなければ接続料金が高騰する心配はありません。この後、世界中でメンテナンス可能であるという理由でiphoneに機種変更し、データ通信を格安で利用する為に、ipad miniのsimフリーモデルに現地のデータsimを挿して、iphone内のアプリが必要なときはipadからのテザリングで運用しています。】

              電話でのタバコ購入の依頼が済むと、またしても暇です。なので、チャーンビアとつまみを購入。ウズラのゆで卵や、ゆでピーナッツなどを食べながら、全く変化の無い車窓を眺めて過ごします。







              さて、次々にやってくる物売りの皆さん。日本の車内販売のようにどこぞの企業がやっているものではなく、沿線にお住まいの皆さんです。いずれかの駅で対向列車に乗り換えて帰ってしまいますから、その前に買い溜めておかないとお腹が空いたけれども何も無いという、2010年9月にチェンマイからバンコクに戻る際に経験した夜行列車の悲劇の再来となります。なので、何か売りに来るたびに注意して売り物を拝見していたのですが、遂に面白い物売りがやって来ました。

              タイ国内は公共の施設の屋内は禁煙となっています。無論、列車内は禁煙。しかし、マイペンライな国柄ですから車内はダメだけれどもデッキはOKだったりします。乗務員の皆さんもデッキや荷物車で紫煙を燻らせているわけです。なので、車内にタバコ売りのオジサンがやって来ました。

              さあ、そのタバコ売りのオジサンなのですが、食べ物売りの皆さんと同じように籠や箱にタバコを積んで売りに来れば良いものの、何故かタバコを塔のように積みあげて、両の手で上下から支えながらやって来ました。ジェンガよろしく真ん中辺りから抜いてみたい衝動に駆られます。

              ものは試しに買ってみる事にしました。念のため愛飲しているラッキーストライクはあるかと尋ねてみましたが、やはり無いとの事。いやいや、積まれたタバコの殆どがくすんだ金色のパッケージ。インドネシアの「ガラム」系のタバコであろう事は既に解かっていたのですが聞いてみたのです。すると器用にタワーをずらして、「これを引き抜け」と出されたのが写真のタバコ。これが一番近い吸い味との事。50バーツ。もしかしたら普通に買うよりも安い気がします。

                    

              購入したタバコですが、タイのタバコに表記されている「身体に悪いですよーう」デザインのオドロオドロしい写真がありません。一昔前のタバコままのデザイン。隣のマレーシアもタバコのパッケージはタイと同じく写真が掲載されているので、何処のタバコなのでしょうか?のちに調べても判明しませんでしたが、オジサンが持っていたラインナップからすると、インドネシア製だと推測されます。オジサンのセレクトに間違いは無く、確かに吸いやすいタバコでした。


              そうこうしているうちにうたた寝をし、気付けばハジャイを過ぎていました。



              なんだかモッコリした岩山が田園風景の中に突如現れた所で起きたのが18時頃。やることが無いので晩飯でも食おうかと構えるのですが、売りに来るのは昼に食べたのと同じラインナップ。よって2食連続で同じ飯で晩飯となりました。



              さあ、いよいよ書くことも尽きました。この日は早めに寝ることにしました。

              27号車 泰緬鉄道の旅・3終 【業務用車両でバンコクへ】

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                左手にスイッチバックして入る留置線が見えてきた。
                いよいよナムトックに到着だと腰を上げると、列車の到着と同時に大きな嬌声が聞こえてきた。ホーム上いっぱいに黄色いシャツの制服を着た中学生らしき女学生の集団が列車を待っていた。遠足のようで皆キャッキャと姦しいどころの騒ぎではない。

                列車は遅れて到着したので、折り返しの発車時間はとうに過ぎている。機関車の付け替え・機まわしをしている僅かな時間の中で一旦降車して切符を買い求めなければならないのだが、遠足でキャイキャイしている彼女たちは、列車が停まると一斉に、降りる人を待たずに乗り込んできた。日本と違いホームの低いタイである。列車から降りるにはステップが長い。2人程とかち合って、押し戻され、やっとホームに降りたら今度は身動きが出来ない。んもぅ、である。

                やっとこさ切符を手に入れて、まだちょっと時間に余裕がありそうなので駅のトイレに寄る。用を済ませて出てくると3歳くらいの男の子がチップの回収にきた。タイでは公衆トイレは基本的に3バーツのチップ制なのであるが、財布を探ると5バーツ硬貨しかない。5バーツ硬貨を渡すと、お釣りを出そうとポケットを探るが無いようで、持って来るから待っててと言うのだが、こちらには時間が無い。お釣りは要らないと言うと困った顔をして、とても愛らしい。もっと構っていたいのだが、ホームに急ぐ。

                         

                既に発車の準備は整っているようで、発車のタイミングを計っているようだ。しかし、乗り込もうにもデッキまで人が、女学生達がいっぱいなのである。前から3両目のデッキに乗り込み、ステップに座っていくことにした。

                遅れて到着した列車は、折り返し定刻より52分遅れの13:47にナムトックを発車した。

                ナムトックを発車して間もなく、検札に回ってきた車掌がバンコクまで行くのに座席が無いのは大変だと、1両目の件の業務用車両に乗って行くようにと言ってくれてそちらに移動。以降、女学生達の団体に巻き込まてしまった、観光エリア以遠まで乗る旅行者が1両目に随時異動してきた。

                復路は一度通った線路を戻るだけなので、来たときよりも早く感じる。
                そして暑い。午後になって車両の屋根は完全に焼けている。車両だけでなく、全てのものが熱を帯びているのだから、とにかく走っていてくれないと風が生まれないので暑い。

                         

                         

                そして見所以外の景色は原野か田畑なので、ボーッとしてくる。そしていよいよする事がなくなってきた頃、上空の雲に目が行った。

                         

                この雲が宮崎アニメの「紅の豚」の主人公、ポルコ・ロッソに見えて仕方ないのだ。写真を見て、見えないと言われても構わない。それくらい暑さと暇にやられていたのである。

                クウェーヤイ鉄橋の停留所にて、女学生達の団体が下車していった。1号車の乗務員・業務用車両に非難していた他の旅行者達は空いた隣の車両へ時機を見て移っていった。

                しかし僕は他の車両に移る事はしなかった。何故なら、この業務用車両、デッキとの仕切りのドアの窓に目隠しの紙が貼ってある。全面禁煙のタイ国鉄であるが、喫煙に関してタイらしくアバウトなのである。喫煙者は往々にして駅に着く度にホームと反対側に降りて一服しているのだが、往路で薄々気がついていたのだが、この車両に限っては車内で吸えると踏んでいたのだ。

                案の定、車内販売の皆さんが車内で吸い始め、駅に着いたときに降りて吸おうとした僕に、車内で吸うがいいさとのゴーサインが出たのだ。嫌煙家の方からすればルール違反だと目くじらを立てるような事であろうが、ここはタイである。マイペンライな精神を持っていないとストレスで死ぬ。車内での携帯電話などマナー違反ですら無い。タバコを吸わない人に迷惑をかけない場所であるならば吸ってよい。という拡大解釈ルールを逆手にとって、僕は終点まで喫煙車を堪能したのである。

                カンチャナブリー駅発は16:06。定刻から82分の遅れ。ここで後ろ4両を切り離して列車はナムトック線を坦々と進む。

                右手から南本線が近づいてきて、しばらく併走して分岐駅のノーンプラドゥック駅に到着。ここから南本線に入っていく。

                今朝乗り込んだナコーンパトム駅に18:03に到着。定刻から96分の遅れ。ここで同じ車内で喫煙という悪事を働いた車内販売の皆さんが下車していく。

                フアランポーン駅を夕刻に発った南に向かう優等列車と擦れ違いを繰り返し始めた頃、目指すバンコク上空に雨雲が見え始める。

                              

                         

                そしていよいよスコールが降り始める。窓を開けていられない状況になり、全ての窓を車内にいた皆で手分けをして閉める。唯一の冷房装置は天井でカラカラと回る扇風機だけになったが、スコールによって車両全体にこもっていた熱が奪われたようで、暑さはさほどでもないので助かった。

                いつしか複線区間に入り、列車の交換待ち無く快調に走り始めてしばらくした頃にはスコールも止み、旧本線の始発駅、トンブリー駅に向けて分岐するタリンチャン駅に19:00に到着。定刻より98分の遅れ。

                タリンチャン駅から右に分岐して、トンブリー駅に向けては再び単線となる。チャオプラヤー川に架かる橋ができる以前はこちらが南に向かう列車の本線であったそうで、今でもローカル列車が6往復ほどトンブリー駅を発着している。トンブリー駅と呼ぶよりもバンコクノーイ(北)駅と言った方が通じるらしい。幅広の道路と併走しながら進む線路の
                脇にはバラックがひしめき、かつては本線だった風格は無い。

                そして19:14、定刻である17:35より99分遅れて258列車はトンブリー駅に到着した。

                         

                元のトンブリー駅は、チャオプラヤー川の川岸にあったのだが、再開発の為に現在の位置に移動しており、駅舎も簡素なもので往時の風格は無い。

                ここからフアランポーン駅に向かうのに、チャオプラヤー川を渡船で渡る。しかし、渡船乗り場が解からない。線路の延長線上に真っ直ぐ進めば良い事は解かっているのだが、一日中列車に揺られ、クタクタになっているので渡船乗り場を探して歩くのも嫌なのだ。トゥクトゥクに乗ろうとするも1台しかおらず、既に先客と交渉中。するとバイクタクシーの兄ちゃんが寄ってきた。ター・ロットファイ(鉄道波止場)に行きたいのだと告げると、乗れと言う。しかしコチラは小さいながらもカートザックを引きずっている身だ。カートザックがあるので危険だと断るが、大丈夫だという。
                結局、兄ちゃんの足元にカートザックを挟んで乗せて、とにかくセーフティードライブで行ってくれとお願いして乗り込む。

                5分足らずでター・ロットファイに到着。兄ちゃんは止まるのじゃないかというほどの速度で慎重に運転してくれて、凄く嬉しかったので20バーツだと言われたが、セーフティドライブの約束を守ってくれたのでと倍額を支払う。それでもトゥクトゥクと同額程度、とにかく感謝の気持ちを伝えたかったのだ。

                ター・ロットファイから渡船にてチャオプラヤー川をター・プラチャンに向けて渡る。

                         

                ター・プラチャンからフアランポーン駅までトゥクトゥクに乗る。3台ほど停まっていたので一番手前側にいた親父のトゥクに乗り込むが、彼は新聞を読むのに夢中で、新聞を読むのを邪魔されたと、ちょっとイラついていた模様。隣のトゥクの兄ちゃんに何か舌打ちしながら話しかけて発車した。

                運転中も彼は停まるたびに新聞を読み、そして僕はこのトゥクが駅と違う方向に進んでいる事に気がついていた。

                途中、トゥクの親父が右か左かと聞くので、「フアランポーン駅だ」と伝える。すると「フアランポーン駅か!」困ったというジェスチャーを始めて、エンジンを止めてコチラを振り向いた。「ファランポーン駅なら倍額の80バーツだ!」と仰る。そらきた、と思いつつ「払うから行ってくれ」と伝える。ニコニコ顔に戻った親父は前を向いて再び走り出そうとするが、エンジンが始動しない。降りて押し掛けするもダメ。結局トゥクを道端に寄せて、通りがかったトゥクを親父が捕まえて、事情と金額を伝えて違うトゥクに乗り換え。人を騙そうとしたバチが当たったのだね親父…。2台乗り継いで80バーツなら僕的に問題は無い。むしろ溜飲が下がったので良しとする。

                こうして20時少し前にフアランポーン駅に到着。


                 
                以降は9号車http://hiko4rou.jugem.jp/?eid=10で紹介したチェンマイに向かう急行列車の旅へと続きます。




                泰緬鉄道。再びビルマと鉄路で結ばれた際には乗りに行かなければなりません。その節には国際列車が走ることでしょう。アルヒル桟道橋のスリルは半減するかもしれませんが、是非とも冷房の効いた車両で訪れたいものです。



                この記事は1月の上旬に書き、自動でアップされるようにしてあります。
                2013年2月7日はタイのチェンマイに居る予定です。往路の夜行列車は今年も満席で取れず。なので復路で利用の予定です。

                昨年2月、やはりチェンマイ滞在中にスタートしたこの電車バカの記録。無事に1年が経過しました。引き続きよろしくお願いいたします。

                【臨時列車】 タイ国鉄ウェブ予約ページ廃止について

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                   本稿の『6号車・チェンマイへの行き方 その5 【チェンマイ行・列車の選び方】』 http://hiko4rou.jugem.jp/?eid=6 にて御案内しました、タイ国鉄のチケットのウェブ予約・販売のページが2013年1月14日をもって突如廃止となった模様です。

                  詳細は→ http://www.thairailticket.com/esrt/default.aspx

                  ウェブ予約ページが復活しない限りは、タイ国鉄のチケットは直接窓口で購入するか、旅行代理店を経由して入手するしかなくなりました。

                  私は2月のチェンマイ旅行に際して1月7日にアクセスし、2月5日の往路分は満席で惨敗。2月13日の復路分を確保して、無事にチケットを発券したのですが、わずか1週間後に廃止との事で驚いています。

                  タイ国鉄の事ですから、突然復活したりするのかもしれませんが、利用予定のあった方はご注意下さい。

                  26号車 泰緬鉄道の旅・2 【ナムトクへ】

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                    昼食はどうなるのか読めないのでコンビニでパンを買い込んでおく。扇風機しかない3等車モノクラス編成なので、熱中症対策として飲み物も多めに買い込む。 

                    8:53発のナムトック行普通列車は、駅の掲示板を確認すると9:03発となっている。既に遅れている。タイ国鉄に乗るときは、この掲示板を必ず確認しなければならない。掲示板の時刻よりも更に遅れてくるので素敵だ。たまに定時でこられると逆に困る。

                    ホームのベンチで列車を待つ。ここで心が揺れだした。体調が思わしくないのである。昨夜の強制冷房によって芯まで冷えた体はバランスを崩しており、体表温度が低い。そんな状態でジリジリとした日差しの下に出てきたものだから、体がおかしいの、ぼんやりしているのである。
                    しかし乗ったが最後、ナムトックまで行こうが途中で降りようが、折り返し乗るのはこの列車である。片田舎の駅で降りたところで、如何ともしがたい。これから半日乗り続けるのである。どうすべきか判断するのは今しかない。そうこうしているうちに列車が入ってきた。病は気からである。行けばわかるさである。ここまできているのだから乗る事にする。

                             

                    ナムトック行257列車は9:07に発車。最後尾に乗ろうとしたら、乗務員と車内販売の準備室として使うから乗れないといわれて、後ろから2両目の車両に乗り込む。乗客はまばらで、扇風機の下の左側のボックスに座る。走り始めると全ての窓が開いているので暑さは感じない。電車バカの血が騒ぎ始めると、さっきまでの憂鬱な気分はどこかに行ってしまい、無駄な配線方法だとか気になって仕方がない。良かった、俺が電車バカで。

                             

                    南本線との分岐駅、ノーンプラドゥックを出た列車は、そんな無駄な配線をもってナムトック線に分岐していく。それまで左手の窓枠に肘を乗せて車窓を楽しんでいたのだが、しばらく併走した本線から右に折れてすぐに停まった停留所扱いの駅を出ると、ローカル線の牙を剥き出した。沿線の草木がバチバチ当たるのである。ローカル線に生える熱帯気候の育ち盛りっぱなしの草木をこまめに刈るようなタイ国鉄ではない。列車が毎日通ることによって、草木の先を叩き切り、車両の幅だけの空間を確保しているのだ。よって、これより先は窓枠に肘を置くことは勿論、窓から顔を出すのは危険を伴うことになる。空気が読めないと確実に怪我をするのだ。以前、メークロン線で左手を負傷した僕が言うのだから間違いない。この先、小学生が歩きながら手に持った棒でフェンスを叩くような「カカカカカン」といった音が聞こえてきたら、木が窓枠を叩いている音なので、窓から出しているモノを引っ込めるようにしましょう。

                    ジリジリとした日差しの下を、列車はバウンドしながら走る。列車なのに所謂「チンサム」状態になるのは不思議だが、それは変わり映えしない景色の中を走るが故のタイ国鉄によるサービスなのだろう。そして、列車が停まって風が止まると耐えられない暑さになってきた。ここで日本から持ってきた「藻塩」の出番である。古来からの製法、ホンダワラという海草に付着させて採取した藻塩は、茶色い色をしている。ホンダワラの色味が付いてしまっているのだが、この塩をパケット袋に入れて持ってくるのに非常に気を使った。麻薬だと思われたらどうしようという問題である。ま、まったく問題は発生せず、家にあった塩がこの藻塩しかなかったということなのだが、この藻塩を摘んで買ってきた水のボトルに入れて薄めの塩水を作って蒸散していく汗の補給をしたのだ。

                             

                    そしていよいよカンチャナブリーに到着。既に1時間近く遅れている。ここで観光客対策で前に4両増結。この駅から乗る人は既に側線で待機していた4両に乗って待っていて、身入りのまま転線・併結作業が行われる。これはここに限ったことでなく、タイ国鉄では普通の事だ。発車時刻に車両には乗ったものの、動けないポツネンと停まった車両で待たされる。シュールだ。

                    カンチャナブリーを発車するとしばらくして、クウェー川鉄橋停留所に停車。観光客の為に作られた「戦場にかける橋」のすぐ手前の駅である。嬌声を挙げながら、ファランの面々が大きな体を揺さぶりながら車内に乗り込んでくる。増結して9両編成となった前の方の車両に乗り込んでいくので、後よりの自分の乗っている車両には数人しか乗ってこなかった。ツアー客はここまでバスなどでやってきて、橋を渡る区間だけ、もしくはもう一つのハイライトである「アルヒル桟道橋」のある先まで乗車して、先回りして待っているバスに乗り込んで帰っていく。

                             

                    クウェー川鉄橋停留所を出た列車はすぐに「戦場にかける橋」を渡り始める。雨季なので、茶色く濁った水を川幅いっぱいに湛えた川に架かる橋を、列車はゆっくりと進む。橋の上は立ち入り可能になっており、橋の途中に幾つも設けられている退避スペースにも観光客が鈴なりになっていた。この鉄橋の少し下流側に第二次大戦当時、まさしく泰緬鉄道として作られた木造橋が架かっていたそうで、橋の上からカンチャナブリー岸の下流側を注意してみると、橋と同じ位の高さの場所にある川面に突き出したデッキに、トロッコが乗っているが見える。そこが当時の橋の名残だそうだ。

                     

                    橋を渡った次の駅で観光客の半数が降りていく。しばらく進むと左手に川が迫り、列車は右手の山にへばりつく様に進む。ここで列車が徐行を始めると、岩山を突貫工事で切り通した事が如実にわかる、車両幅ギリギリの岩肌剥き出しの切り通しを抜ける。ここがチョンカイの切り通しだ。

                                  

                             

                    終点のナムトックよりも先、現在は廃線となっているビルマに続いていた区間に、「ヘル・ファイヤー・パス」と呼ばれる、工事に駆り出された現地人や捕虜に多くの犠牲者を出した、ここと同じように岩を切り通した難工事区間がある。時間の都合から見に行くことはできないが、今通った切り通しを見つつ、当時の惨状に思いを馳せる。労働条件や条約なんて仏恥義理の日本軍は、色んなところで悪さをしでかしていたのだ。当時に自分がいたのなら、そうして造られた区間を何も知らずにキャーキャー言いながら運転していたのかもしれない。未だに大東亜共栄圏の幻想を抱いている人もいるようだが、兵糧攻めにあったら一発で飢餓に陥る今の日本である。兵糧攻めされずとも、円が大暴落すれば自ずと食糧難に陥る日本なのであるから、きな臭い妄想は捨てて、近隣のアジアと連帯すべきであると考える。

                    狭隘区間を抜けた列車は山に挟まれたラテライトの赤い土の平野部をしばらく走る。

                             

                                  
                    そして再び狭隘区間、いよいよ、もう一つのハイライト、「アルヒル桟道橋」に入る。手前の停留所を出るとノロノロと進む。木橋なので最徐行の時速5キロで走る。左手は川面、右手は切り立った崖。突貫工事のなせるルート選定であることを如実に示している。

                             


                     

                    アルヒル桟道橋を過ぎると再び開けた土地を駆け登り、終点ナムトックに1時間程遅れて到着した。この先、ビルマ国境までの区間は、メンテナンスコストと政治的な問題とで廃止されており、今は無い。しかし2013年の正月にミャンマー政府がミャンマー側の路線の再建を発表したので、近い将来、再びこの路線を国際列車が走る日が来るかもしれない。

                    25号車 泰緬鉄道の旅・1 【序章】

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                      2013年、新年を迎え皆様は如何お過ごしでしょうか。未だ新年を迎えていないという方はアレです、どこに住んでるの?

                      新年を節目に次の旅行記に突入します。今回もまた長いです。書いてる自分がウンザリするくらいですから、読んでいるアナタもどうかと思います。なんて口が裂けても言いません。(書いたけれど言ってないから。)

                      冒頭から、後で読み返すと恥ずかしくなる書き出しなのは夜中に書いているからです。夜中に文章、特にラヴレタアを書いてはならないというチベット民謡の一節に逆らって書いているのです。後で恥ずかしい思いをしたい気分で書いているのだから仕方ないです。チベット民謡のくだりは嘘です。出鱈目です。ちなみにこれはラヴレタアでもありません。

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                      今年の最初、1月1日に衝撃的なニュースがありました。

                      http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20130101-OYT1T00252.htm

                      泰緬鉄道が再生されるという記事。再びタイから鉄路でミャンマーへ入る事が出来るようになるという事です。かつて日本軍によって建設され、現在は分断されているルートが復活するとの事。

                      再生された暁には再び訪れねばなりませんね。

                      ミャンマー国内側は廃線状態ですが、タイ国内はナムトク線として、戦場に架ける橋が有名な、カンチャナブリーの先、ナムトクまで線路が生きています。
                      今回からは、このナムトク線に2010年8月に訪れた際の顛末を記してまいります。

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                      ナムトク線は南線のノーン・プラドゥック駅から分岐する、旧泰緬鉄道の一部。カンチャナブリーの先に「戦場に架ける橋」を抱える観光路線です。ゆえに外国人はどの区間に乗ろうと100バーツと高めの特別料金が設定されています。日本の感覚からすれば、それでもまだまだお安い金額なので文句もありません。訪れてみれば、線路設備を維持するのに納得の観光料金です。

                      バンコクからナムトク線を日帰りで往復するには、臨時列車を利用するのが一番便利な方法です。フアランポーン駅始発のツアー料金で、途中駅で名所見学の為の長時間停車が設定されているからです。ただし土日のみの運行。今回はこの列車の運行日ではないので、ローカル列車での行程となりました。

                      ナムトク線の列車は1日4往復のみ。うちバンコクから直通する列車は2往復あるのですが、フアランポーン駅始発ではなく、チャオプラヤ川を渡ったトンブリー駅の始発着。当日中に往復するにはトンブリー駅を7:45に発車する列車に乗らなければなりません。

                      未訪のトンブリー駅。朝のラッシュ帯に渡船を利用して時間までに辿り着けるのだろうか。

                      時刻表とにらめっこした結果、到着当夜の夜行列車でナコーン・パトムに行き、翌朝トンブリーからやってくる列車を迎えうつ作戦としました。

                      −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
                               

                      飛行機は予定時刻を超えて、17:05より搭乗が開始され、17:40に離陸した。 到着予定時刻は、5分押しの21:30との事。

                      チェックインの際にフライト予定はオンタイムなのか?到着したらすぐに降りたいので荷物は機内持ち込みで。と申告したところ、前よりの通路側の席を手配してくれたのですが、いざ機内に乗り込むと、なんとあのドア前のお見合い席!

                      便所の前だけれども、思い切り足の伸ばせるあの席だ!
                      ありがとう、本日のGA☆
                      マイルも貰えない格安券の僕にこんな素晴らしい憧れの席をくれるなんて!GA、GJだよ!

                      機内ではすることも無く、本を読んだり、寝たり、本、寝る、ほ、ね、のサイクルで過す。 離陸して3時間後に機内の明かりが落とされる。いつも思うのだが、夜行便でないのにどうして電気を落とすのだ。寝ろって事か。如何せん活字中毒患者には優しくない仕打ちである。まぁ読んでる途中で寝ちゃうんだけどね。

                      飛行機は5分の遅れでバンコク、スワンナプーム空港に到着。

                      いそいそとドアに向かうと、その先にあるはずの通路が無い。階段だ。まさかの展開だ。タラップを降りてバスに乗り込む。こちらは1時間半後にフアランポーンを発つ列車に乗りたいのだ。バスの発車がもどかしい。

                      バスを一番に飛び降りて、両替に向かう。今回の予算40,000円を両替。14,172バーツになった。免税店でタバコを1カートン買い込むと入国審査を手早く済ませて1階のタクシー乗り場へ。空港とバンコクを結ぶ新線、エアポートリンクが8月23日に遅れに遅れてついに開業したばかりなのだが、フアランポーン駅までの時間を考えて、時間の無い今回はタクシーにて移動。

                      22:10頃、タクシーは空港を出発。どこまで行くのかと聞かれ、ナコーン・パトムだと答えると、このままタクシーで行かないかとしつこく誘われるが、電車バカなので頑なにお断りをする。そんなやり取りを繰り返しながら22:40、フアランポーン駅に到着した。

                               

                      22:50発の39・41列車混成のスプリンターのチケットを買い求め、ナコン・パトムに向けて乗り込む。列車は、前よりの車両がヤーラまで行く41列車、後よりの車両が途中スラータニー止まりの39列車のようだ。39列車の4号車に乗り込む。今年の2月のランパーンにて経験済の、短距離なのに法外なサービス料が加算されるスプリンター。発車するといつものクッキーが配られ、飲み物はさすがに夜行なので水だった。夜行なのでタオルケットの配給もあったが、1時間程度の乗車で使うのは躊躇われたので断ったのだが、タイの過剰な冷房サービスをなめた自分に反省させられる頃にナコーン・パトムに0:10、7分遅れてで到着。

                               
                       
                      降りる人はわずかで、駅員さんに何しに来たのだという顔をされる。0時を回った駅前はとても静かで野良犬だけが元気だ。駅の正面にこの町の大仏塔がライトアップされて幻想的にそびえ建っており圧倒される。が、元気な野良犬が怖くてそれどころじゃない。地球の何とかというガイドブックに記載されていた駅の目の前、駅前広場に面したホテルに泊まろうと思っていたのだが、看板は見えれども開いている気配が無い。ホテルの前まで行って見ても、ぐるりと廻らされた鉄扉がに阻まれ中の様子も伺えない…。

                      諦めて遠くて高いホテルまで行こうかと歩き出し、お濠に架かる橋の手前の辻に立って恨めしく安ホテルを振り返ると、このお濠に面した方がホテル正面だったようで、営業しているのを確認。喜び勇んでホテルに飛び込んだのであった。

                      ちなみに、つい先ほど、駅前広場側よりこのホテルの鉄扉に阻まれ、諦めて引き返した際に、誤って野良犬の糞を蹴ってしまった事については、危うくまさに踏んだり蹴ったりの状況に陥る出来事だったのだが、無事に目的のホテルに泊まれた今となっては、もう気にするに値しない出来事である。

                               

                               

                                    

                      犬の糞を蹴りつつも、何とか宿泊できた駅前の安ホテル、ミット・パイサン。
                      昔ながらの中華系の「旅社」である。ドアの鍵はもちろん南京錠。一旦外に出て、買出しに駅前のコンビニへ。0時を過ぎてしまっているので、タイの法律上、陳列されているアルコールを買うことはできない。うっかりしていた。
                      残念な気持ちでホテルに戻る。冷房付の部屋をとったものの、エアコンのリモコンが無い。故に新型のエアコンであるが操作は不能。部屋に案内してくれたフロントの兄ちゃんが、テレビの続き見たさに飛んで帰っていった後に、突如動き出したことから、エアコンの電源はフロントにて制御の模様。キンキンに冷やしてくれてありがとうこの野郎。

                               

                                   

                      エアコンの吹き出し口の向きを思いっきり向こうに向けるという、解決方法をもって毛布を2つに折って厚くして就寝。

                      迎えた朝は早めに起きてしまう。厳密に言うと日本からの電話で起こされる。日本は8時を過ぎていても、こちらは6時を過ぎたところだ。いわんや平素の自分には日本でも8時は早朝だ。
                      2度寝をすると起きない自信満々男なので、少々眠気が残るも起きる事にする。起きたらば朝食である。コンビニでパンでもというのは味気無いので、駅前の屋台でカオマンガイを食す。麺か粥が良かったのだが、人がよさそうな屋台に座るだろう普通。朝からハイカロリーだろうが仕方ないじゃないか、人がよさそうなんだもの。

                               

                      朝食を摂って、まだ時間があるので、仏塔へ続く駅前通りを歩いて行くと道の左右に市場があったので覗いてみる。

                                    

                               

                      建物の中にある常設市場で、こうした市場の中に入るとタイに来たと実感する。右手の市場に入ると、こちらは生鮮がメインの市場だった。野菜や魚、そして生肉までもがそのまま陳列されているのって、色んな意味で素敵。左手の市場は衣料品がメインの市場であった。

                                   

                               

                      ホテルに戻って、どんだけ穴が広いんだよ!と言いたくなる尻がはまりそうな便座に座る。用をたして、タイスタイルで横に付いているミニシャワーで尻を洗うようになれば、この便座の広さが解ってくる。僕はタイスタイルなので、帰国後しばらくは、お会いした人とは左手で握手するのでよろしく。

                      尻だけでなく、全身もシャワーを浴びて、いよいよ駅へ。

                               

                               

                      いよいよナムトク線の旅が始まります。

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                      齋藤彦四郎
                      隔週木曜更新。
                      電車で喰えているので、電車マニアではありますん。

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