131号車 タイ東北線攻略の旅・6 【 再び15分の国際列車 】

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    今日はタイに戻る。昨日来たばかりだけれどこの先に鉄路は無いからだ。昨日乗ってきた1駅だけの国際列車の折り返しターナレーン駅発は10時。26時間15分ほどのラオス滞在という事になる。ちなみにこれまでの最短滞在国はシンガポールだ。

     

    昨夜みんなで食事をした店で朝食をとりつつ今日の行程に思いを馳せる。

     

    今日はお尻が嫌になる日だと。

     

     

     

     

    荷をまとめてホテルを出る。駅までのタクシーは昨日のうちにフロントで手配をしていた。代金は日本円にして2千円ほどの金額だ。昨日は300円ほどでバンに乗ってきたのに。少し高いなと思いつつ金額表に基づいた価格なのでそれで了承したのだった。

     

    ホテルの前にいたのはピカピカの白い韓国車。ホテルのお兄ちゃんの車だ。これで送ってくれるという事だった。道すがらガソリンスタンドに掲示されている価格を見ると、ガソリンが相当高いことに気づいた。内陸の国で輸送コストがかかる上に需要はあまり多くない。ゆえにこんな高さになるのだろうと。駅まで30キロの道のりを往復すればリッター10キロの燃費としても6リッターは消費する。タクシー価格は適正ではないかと思い直す。

     

    友好橋が近づき、その下をくぐって駅へ通じる道へと左折した時に思い出した。この先は悪路だったのだ。

     

     

    今朝がた降ったスコールが悪路を悪路として補完していた。水たまりは泥だらけで深さが読めない。どこが浅いのか探りながら右へ左へとハンドルをさばいて進む。そういえばこの車はピカピカだったのに。こんな泥だらけの道を走らせてしまって申し訳ない。

     

     

    駅に着くとキリの良い金額で支払い、洗車代にしてくれとお釣りを断るとお兄ちゃんはニッコリした。再びあの道を戻る事を思えば、わざわざ列車に乗りたいという数奇な客のために洗車を余儀なくされる彼の労苦に報いなければと思ったのだ。

     

    昨日はじっくり見学しなかった駅を観察。駅に入って切符を購入。続いてイミグレーションらしきカウンターで出国手続き。といっても担当のおばちゃんがイミグレのブースに入ったところを見計らっての手続き。他の利用客は見当たらない。

     

     

     

     

     

     

     

     

    ラオスの出国手続きを済ませて、今はどこの国にも所在していない身になったところで自由に駅構内を歩く。空港や徒歩での越境と違い、駅ではこうした事態になる。ふと、このまま町に戻ってバスでタイの国境に向かったら、タイのイミグレーションは受け付けてくれるのだろうかとか考えてみたりする。

     

    10時ちょうど。わずかな乗客を乗せて発車。左手から近づいてきた道路と合流して友好橋に入る。タイ側では道路はまっすぐ進み、鉄道が左に逸れて道路併用区間は終了。

     

     

     

     

     

     

     

     

    こうして15分ばかりの国際列車の旅は終了。

     

    次の列車は12:55の発車。2時間40分あまり暇だ。このノンカーイ駅は友好橋の開通に伴って現在の位置に移転した。旧駅は友好橋の手前で右に折れ、メコン川に沿う形で存在していた。旧線の路盤には木々が生えていたが、レールが見えることでそこが線路だったことは車中から確認できた。

     

     

     

    よって街は旧駅周辺に存在する。ここは新駅なので駅前に食堂や雑貨屋が入った長屋があるだけ。旧線マニアとしては旧線を辿って旧駅を探訪してみようかと計画していたが、暑いのと距離がありそうなので辞めた。

     

     

     

    駅前の商店長屋でぼんやりしたり昼食をとったりして、次の列車を待ったのでした。

     

     


    130号車 タイ東北線攻略の旅・5 【 狂寺探訪そして夜のメコン河岸 】

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      今夜のバスでルアンパバーンに向かう予定のT君とS君はホテルのフロントでバスのチケットを手配。無事に予約は完了。夕刻にホテルまで迎えに来てくれるとのこと。

       

      ホテルの前で昼寝していたトゥクトゥクに交渉して乗り込む。

       

      ガイドブックを見ると、そこには奇妙なものがあるという。ブッダパークとはいうもののヒンズーの神々も祀られ、さしてもの歴史があるわけでもない。建立した僧はラオスの社会主義化に際してタイに亡命し、対岸のノンカーイに同じような寺院を建立したという。

       

       

      走り出すもエンジントラブルが発生。他のトラックに乗り換えて。そうして小一時間ほどでブッダパークに到着。

       

      園内に入って最初に目についたのは大きな玉ねぎのようなもの。

       

       

       

       

      出入り口は顔。おでこには何故か時計があって7時18分を指している。中は3階建てで体内巡りのようになっていて、悪いことすると死後はこんな地獄に送られちゃうんだよ。というオブジェ群が並んでいる。

       

       

       

       

       

      色彩が無いので「暗くてよくわかんね」というのが正直な個人的な感想。地獄めぐりを抜けて屋上部に出ると全景を見ることができる。奇怪なオブジェが並んでいるので早速見て回る。

       

       

       

       

      説明されても理解できないようなものばかり。そしてこの寺とオブジェ群を作った当人の像が異様になまめかしく、カメラの顔認識機能が働くので怖かった。

       

       

      そして数多のオブジェの中から一番気に入ったのがこれ。

       

       

      もう、エビ反りで頭咥えて何が何だか。でも惹きつけられるから不思議だ。

       

      こうしてよくわからないものを小一時間眺め、園内の食堂で昼食。ちなみに園内の食堂は緩くてよい雰囲気(あくまでも自分的に)だったので、訪れて正解だったと満足。

       

      宿に戻り、夜行バスで発つ2人にはシャワーを浴びてサッパリしてもらい、夕食へ。

      身支度を整えた2人とロビーで迎えのバスを待つ。するとやってきたのは…。

       

       

      いわゆるタイでいうところのソンテウ。こちらではロット・ドイサーンと呼ぶらしい。これでルアンパバーンまで行くのかと驚く2人。まさかである。てっきりバスが迎えに来るのかと思っていたが、バスはツアー会社の前で待っていて、市内の各地のホテルにいる乗客を複数台のこれで効率よく迎えに回っているのだろう。

       

       

      ドナドナされていく2人を見送って、夕暮れのメコンを見ておこうと川に向かう。するとそこには昼間はいったいどこにいたのだというほどの人がいた。

       

       

       

       

       

      朝方散策した川沿いの公園を埋め尽くさんばかりの屋台街。食べ物を扱う店は少なく、衣料品や雑貨の店舗ばかりだが、とにかく川沿いの公園に1キロ近く続くそれは溢れんばかりの盛況だった。日本だったらアウトなパチものがたくさん並んでいて面白い。よく見なくても違うとわかる有名メーカーっぽいタグをつけて売らなきゃならんのか?でも少し昔の日本もこんなだった。プーマによく似たピューマとかね。

       

       

      おもちゃ屋の前で駄々をこねて泣く少女。どこに行っても世界は同じだ。

       

      あまりにもお店がありすぎて見て回るのも一苦労。夜行列車からのブッダパークと疲れていたので早々に引き上げるつもりだったけれど、パッチワークと刺繡のテーブルクロスが素敵だったのでそれぞれを購入してホテルに戻る。

       

      そうしてカビ臭い部屋で早めに眠りに就いたのでした。

       

       


      129号車 タイ東北線攻略の旅・4 【 憧れのラオス 】

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        憧れのラオス。その首都ビエンチャンにやってきた。いつか訪れたいとの思いがやっと結実した。

         

        そして来てみて思ったことは「ここはタイなのではないか?」という事だ。

         

        文字こそ違えど、街並みから何からタイである。権力者や施政者が勝手に国という概念を主張して統治しているだけで、ユーラシア大陸の一地域でしかない。河を挟んで隣り合ったそこには悠久の歴史や文化が根付いている。日本だって方言があり、地域を隔てるごとに微妙に変わっていくように土地は隔てられていたとしても、人や文化は混じりあってきたわけで、大きな変化は感じられないのだろう。

         

         

        T君とS君はビエンチャンを観光して今夜のバスでルアンパバーンに向かうつもりだという。ならば自分の宿に荷を置いて一緒に廻ろう。そうしてシャワーを浴びてから夜行バスに乗れば良いと提案し、夕刻まで行動を共にすることにした。

         

         

        ミニバンから降りて、一番近くにあったガイドブックに載っていた宿に部屋をとる。窓のある部屋をお願いして通されたそこは、廊下に面して窓のある部屋。壁に窓は無い。他の部屋は開いていないそうだ。1泊なので我慢することにした。

         

        荷をおろして朝食がてら街へ。ラオス最大のマーケット、タラート・サオは宿の前の道を200mも行けば着く。曇っているけれどもじわじわと暑さが増してきた街を歩いて、タラート・サオの建物の中へ。されども中は衣料品ばかり。食べ物を売っている場所はと探しているうちに通り抜けて建物を出てしまった。食堂は3階にあるのだという事は、今ガイドブックを再び開いて気付いたのだ。

        通り抜けた先には何やら賑やかな場所が。そこはバスターミナルだった。

         

         

         

        バスターミナルには日本の国旗が付いたバスが。東京都バスのようなカラーリングだけども中古ではなく、左ハンドル仕様の新車。ここは近郊路線バスのターミナルのようだ。発着のプラットホームを囲むように店舗や屋台が立ち並び様々なものが売られている。

         

        もちろん虫も売られていた。イナゴをコブミカンの葉と揚げたもののようだ。

         

         

        そしてフランスパンが山と積まれた「カオ・チー・サイ・クアン」屋さんが並ぶ。ベトナムの「バイン・ミー」と同じもののようだ。そういえばベトナムとも隣り合うラオスもフランスに植民地支配を受けていた場所だ。こうしてフランスパンは残りつつも、人々の味覚にあったパクチーやチリソースの入ったサンドイッチへと変化して庶民の味として定着しているのだ。

         

         

         

        サンドウィッチ屋の隣に謎の物体が売られていた。イノシシの皮だろうか。細長く切りそろえられたそれは、脂身らしき肉の片面にびっしりと剛毛が生えたもの。積まれたそれらの上にのっている紙片はハエ取り紙で、紙片の上に見える黒い粒は、肥え太ったハエである。ハエもここまで大きくなるくらいラオスの大地は肥沃なのだろう、か?

         

         

         

         

        サンドウィッチで朝食を済ませメコン川を見物。雨季の今は川幅いっぱいに流れていた。

        一旦宿に戻り、これからの計画を立てる。

         

        それぞれが行きたいと口にしたのはブッダパーク、ワット・シェンクワンだった。さっそく向かうことにした。

         

         

         

         

         


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        齋藤彦四郎
        隔週木曜更新。
        電車で喰えているので、電車マニアではありますん。

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